第7話 「死の神アンクウ」とランスロット

 今回は、自作「幽空のベスティアリ」の設定のお話を少々。


 

 バシュラールがテオドラに「アンクウの眷者」と呼ばれていますが、これはケルト神話の『死の神アンクウ』に由来します。


 『死の神アンクウ』について知ったのは、クレティアン・ド・トロワの散文物語『ランスロ、または荷車の騎士』を読んだ時です。


 『アーサー王』には膨大な数の物語がありますが、『ランスロット』が初登場したのは、この作品。

 マリ・ド・シャンパーニュに仕えていたクレティアンは――


 マリ[ねえねえ、宮廷風恋愛(上流既婚婦人に恋する騎士物語)をテーマにした話を書いてくれない?]


 クレ「……奥方様の頼みだから仕方ねえ、書いてやるか(イヤだけど)」



 ――とばかりに書いたのが『ランスロ、または荷車の騎士』。


  

 ある日、メリアガンスという騎士がアーサー王宮廷に現れます。


 メリ「おい、アーサー。俺の国には、テメーの国の民が大勢、人質になってるぞ。返して欲しくば、王妃を俺に寄越せ」


 アー「ワシは無力じゃ。王妃よ、行け。それしかねえべ」

 

 王妃「そんなー。ランちゃん、どこ行ったの? 助けて~」



 こんな感じで、物語は始まります(ひどい話だ)。

 この時、宮廷にランスロは不在。

 

 遅れて事態を知ったランスロは王妃を追いかけます。


 が、途中で王妃たちの消息を知るために、荷車を牽く御者に訊ねます。


 ラン「王妃たちを見なかったか?」

 御者「フハハハハハハ。この荷車に乗ったら、教えてやるぜ!」


 当時の荷車は罪人を乗せるもので、騎士が乗るのは大変な屈辱です!

 不名誉です!

 一生、後ろ指を差されるかも知れません!


 ランスロは暫し考え、ためらい……乗ります!



 この荷車こそが、ケルト神話の『死の神アンクウ』の荷車ではないかと解釈されているようです。

 

 

 この荷車に乗ったランスロは、知らぬうちに『異界』に入り込んでしまいます。

 作中には『異界』とは記されてはいませんが、彼を誘惑する不思議な乙女も登場。

 乙女の館には召し使いもおらず、しかしテーブルの上には料理が並べられており、乙女が妖精であることは間違いないでしょう。

 

 

 何だかんだで、メリアガンスの国に辿り着いたランスロ。

 メリの父王は正義の人で「息子が王妃にエッチしないよう、王妃を守ってるよ」。


 しかし、夜。

 王妃に会いたいランスロは、窓の鉄格子をひん曲げて王妃の部屋に侵入。

 なのに王妃は不機嫌です。


 王妃「どうして、荷車にすぐに乗らなかったのよ? 私よりも、自分の名誉が大事なのね!」


 ラン「えー!? すいませんすいません。私が悪うございました」


 ……まあ、そんな痴話喧嘩を経て、ふたりは寝ます。

 こいつら、かなり前から不倫してます。



 そんなこんなで、最後はランスロがメリを倒してメデタシメデタシ。


 ただし、クレティアンは途中で匙を投げ、弟子が物語を完結させたとか。

 不倫物語に納得が行かなかったのでしょう。 



 

 同じクレティアン作の『ペルスヴァル、または聖杯の物語』には、女好きで浮名を流すガウェインが登場しています。

 出会う姫君たちを口説き、かつて自分が倒した王の姫様とも口付け♪


 一方、宮廷では――

 アー「甥っ子のガウェインが居ねえええええ(うーん、バタッ)」と卒倒。


 玉座の間に現れた王妃。

 王妃「ん? どうしたの? 何の騒ぎ?」


 ……クレティアン、体調不良で絶筆。未完。

 ここで物語は終わってしまいます。


 この物語では、老婆の姿をした『運命の女神』が登場。

 新米騎士のペルスヴァルを「この親不幸者が!」と叱咤しています。


 

 なお、王妃とランスロットの馴れ初めが描かれるのは、後の世の無名の作家が書いた物語を待たねばなりません。


 王妃を想い、寝食もままならぬランスロットを心配する友人の騎士ガレオット。

 彼の仲立ちで、二人は初めて口付けを交わします。


 しかしガレオットは病に倒れ、彼を看取ったランスロットは誓います。

 ラン「僕が死んだら、君の隣に葬って貰うからね」


 後年、その誓いは果たされるのでした――。



 この話は、英訳版で読んだ記憶があります。

 英語が全くダメな私ですが、あらすじと単語を知ってれば、ある程度は理解できるもんです。

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