第54話   ぼんやりだったんだなぁ

 早朝の電車はすいているので、早起きも悪くはないと息子は言う。ゆっくり座れるし周りに人もあまりいないので快適だが、それに慣れているせいで、たまに混雑した電車に乗ると非常に疲れるそうだ。近くに女性がいたりすると思わぬ誤解を招いたら大変、と気を張り詰めてしまうと嘆いている。混雑に紛れて痴漢行為をする悪い輩のせいで、息子のように全く迷惑千万と思っている人が沢山いることだろう。


 この迷惑行為は電車などの乗り物だけに限ったことではなく、色々な場所で卑怯な手口で害を与えている。ニュースを聞く度に怒りがこみあげてくるが、時にまるで被害者が責められるような言われ方をすることがある。真夜中の暗い夜道の一人歩きや露出の度合いの高い服装などが、自ら被害を招いているかのような意見も耳にすることもある。だがそれでは被害者にとっては踏んだり蹴ったりというものだ。



 決して痴漢行為は許されるものではないし、また被害者を責める様な発言も断じて許してはならないが、私に限って言えば、多少なりとも私にも責任が無きにしも非ずだったかな、と言えそうなことがあった。なぜならばその嫌な出来事は、もしかしたら防げたことだったのではなかったろうか。そう思われる、痴漢に遭遇したエピソードである。今にして思えば、の話ではあるが、それらしい被害を含めると四度ほどもある。防げたのではと言えるのは、やはり昔の私がぼんやりだったなぁと思える人だったからだ。


 

 高校を卒業して上京する時、世間知らずの娘を家族は随分と心配した。あれやこれやに気を付けろ注意せよ、と言われたがどこまで伝わったことか。田舎では緊張感など無く暮らしていたのだから、それも仕方なかった私である。


 田舎には電車が走っていなかったので慣れてない私は、混みあってくるとお金がすられはしないかと心配で仕方なかった。自分でお金の管理などしたことがなかったから、五千円以上のお金を持っていると、自分の近くにいる人が皆スリに思えて緊張した。


 しかし、スリには注意を払っていた私だが、痴漢の事はあまり考えてはいなかった。電車通学にも慣れて次第に緊張感もなくなって来た頃のこと。電車が駅に着き降りる人達が私の傍を通り過ぎる瞬間に、一人の男性がサッと私の下腹部辺りに触れてホームに降りた。あまりの早業に驚いてしまったからか、不快感はわずかな不愉快というところで収まった。

そして学習の出来てない田舎娘は、それから暫くしてまた、男性が降りて行き際に同じような場所を、サッとひと触りされるという目にあってしまった。今度は悔しいことにドアが閉まった瞬間、電車から降りてこちらを向いた男性の顔がニヤリと笑ったのが見えた。


 クラスの仲間達によるとドアが閉まる瞬間に、ドア付近で立っている女性を触って逃げるのは、痴漢の常套手段の一つだそうで、捕まえようとしても既にドアは閉まって間に合わないのをいいことに、これが不埒な彼らのやり口なのだと注意された。



 流石の私も二度あることは三度ある、と心してドア付近でぼんやり立つのは止め、すっかり電車通学にも慣れて来た頃のこと。車両の一番端の座席に座り本を読んでいたある日。乗り降りのほぼない状況が続いてやっと二~三人が乗ってきた。そのうちの一人の男性が、両ポケットに手を突っ込んで大きく広げて、コートの前を全開にした。そして閉めたり又開いたりするので、その様子は本を読んでいる私の視界にもチラチラと入ってきた。


 昼間の車両は数えるほどの人しかいなく、座席もがら空きでどこでも座れたが、その男性はさっと歩いて来て私の目の前の席に座った。彼には何の関心もなかったので本に目を落とし、時折彼の頭越しの景色に目をやったり、車内を何となく眺めたりしていると、彼がいきなり立ったり座ったりしだした。私は本を読みながら何だか落ち着きのない人だなと思っていると、そのうち彼は座ったままで、突っ込んだ両手でコートの前を開いたり閉めたりを何度も繰り返した。


 あまりにも立ったり座ったり、開けたり閉めたりのおかしな動作を何度もするので、そっと彼を見ると口元が何だかニヤついているように思えた。そして直ぐに彼がサーッとコートの前を広げた瞬間、風船のような何だか妙なものが目に入った、ような、入らなかった、ような・・・しっかり見たわけでもなく、それが何だかも分からないまま本の続きを読んでいると、彼はもう一度立ち上がってコートの前を広げ、それからゆっくりと私の目の前から消えて行った。


 後から思えばどうやら彼は露出狂だったらしいが、私が目にしたのは紗がかかったような状態であったので、それが何かもはっきりとは分からなかったのだから、露出狂と決めつけては彼に気の毒でもある。とは言うものの彼は恐らくクロだろうが、クロと決定づける「証拠品」は、モザイクがかかってよく見えなかったので、「推定無罪」の彼の仕業で田舎娘が、生涯トラウマで苦しむことなく済んだのは有りがたかった。



 要注意が電車の中だけとは限らない、ということも後に学んだ私である。そんなことも分からなかったのかと呆れられそうだが、全く無防備で隙だらけの仕様のない私が、友人が来られなくなり一人で入った名画座で、痴漢に遭遇した話である。その痴漢男は平日の館内は空いているのに、わざわざ隣に座ったのでこれはおかしいと思ったが、直ぐに座席を代わってはあからさまな嫌味になるのでは、と考えた律儀な田舎娘の気遣いがいけなかった。


 少ししたら代わるつもりが、映画が始まるとすぐにジェームスディーンに魅せられて、大切なことをすっかり忘れてしまった。真剣に観ていたせいで、脇腹辺りをコチョコチョとくすぐられるような感覚に、何だか今日はいやにお腹がゴロゴロしてるなぁと思っていたが、そのうちそれが隣の人の手のせいだと分かって、もう心臓が破裂しそうに驚いた。隣を見るのも恐くて大慌てで映画館から逃げたが、家に着くまでは皆が悪人に見えて恐ろしかった。その後暫くはジェームスディーンを見る度に、苦々しい思いに困ってしまった私である。



 痴漢は勿論のこと絶対に許してはならないが、未然に防げた私にも反省が必要だと思い知らされた。幸か不幸かこんな経験が役立ってか、それ以来の私はけっこう用心深い人に変身できたようである。「石橋を叩いて渡る」どころか、叩いても渡らない程の慎重さの時だってあるし、心がけが弛緩の予感のある時には補完することも忘れない。しかしこのアホなローバのことである。時折、常に緊張感でいっぱいだとうそぶく割には「チカンはイカン、アカンことですぞ!」などと盛んに駄洒落る人だから、誠の慎重な性格には程遠く、この年になってもまだ、未完のローバと言えるようである。


 

***調子に乗って、駄洒落を連発してしまいお粗末な文になっていますが・・

さあ「かん」の駄洒落は何個あるでしょうか、考えて、な~んちゃって、ね。😅


 

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