第30話  マイブーム(夢中になったこと)  

 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

1987年に俵万智の歌集「サラダ記念日」がベストセラーとなった。あちこちで多くの俄か歌人が誕生し、日本中には記念日が幾つも作られたことだろう。我が家の母娘も同じで「このおかず、けっこう美味しいね」と言えば、「それっ今日は〇〇記念日だ]となり、あれだこれだと取り上げては、記念日がいっぱい出来上がった。


 でもそれらの記念日の全てが思い出せない。それはきっと、これらのバカバカしい記念日をみんな無しにしようと決めた、そんな記念日を作ったからなのかも知れないと思う。私の短歌についての関心や知識は、そんないい加減なものだった。


 万智先生の短歌ブームも静かになってから今日までの間に、何度かのちょっとしたブームはまた起きたのかも知れないが、私には全く無縁のものだったから、現在も若者達の間でブームになっていると知って驚いた。SNSなどの投稿がきっかけとなって賑わっているようだし、驚いたことに自分の思いを伝えて、一作作って頂くという商売も成り立っているそうだから、時代は変わったんだなぁとしみじみ思う。


 短歌ブームがきっかけかどうかは知らないが、NHKの朝ドラ「舞い上がれ」では主人公の夫が歌人で、ときどき短歌が紹介される。中でも「君が行く 新たな道を照らすよう 千億の星に頼んでおいた」という歌は、何だかとってもステキに思えて大好きだ。


 短歌もなかなかいいものだなぁ、と思いながら、改めて医師脳先生の「老いの繰り言」や「短歌どろぼう」を拝読した。この美のこさんも「心のアルバム」で披露されているので再読した。のこさんは日常の生活の中で、ふと思いついたことや感じたことを、さりげなく優しい気持ちで詠まれているのがとても好感がもてるし、ああ私も同じ気持ち、と嬉しくなることもしばしばだった。


 ドラマの中で本歌取りという言葉を知った。有名な歌の1句(2句)を自作に取り入れて作句することだそうで、「君が行く 新たな道を・・ 」の本歌取りは、万葉集の和歌「君が行く 道の長手を繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも」だそうだ。


 医師脳先生の「短歌どろぼう」の中で、先生は狂歌も始められた。狂歌は和歌の中に滑稽や諧謔を取り入れるのだそうで、本歌取りと狂歌で更に興味が増して、元歌と先生の御歌を比べてみるのも楽しみの一つになった。


 しかし残念なことにローバの浅学さゆえに、言葉の意味や作られた時代の背景やら諸々のことが知らないと、詠まれた歌の表すことを知ることが出来ない。

そこでスマホの解説に頼ることにしたのだが、SNSでは短歌の解説やら投稿で賑わっている。


 一つ一つ解説を頼りに読み進めていくと、ああ、あの有名な歌はこんなことをいっていたのか、あの有名な歌人にこんな不名誉な出来事があったのか等々、知れば知るほど興味深いものになるのだけれど、困ったことにそうやって調べていくと、中々次の作品へと進まない。


 この興味によって、私は自分の創作時間が無くなり弱っている。別に大したことを書いてる訳でもないから、どうでもよいのだけれども、投稿の間が開くと心配になって来る。せっかく読んでやろうという奇特な方々に「ローバは死んだとでしょうか」と思われかねないからだ。75才は生存をしっかりアピールせねばのお年頃なんです。


 さて、このすっかりマイブームとなってしまった短歌を、娘は読むだけでなく私にも作るようにと懸命に薦めてくる。嬉しいことを言ってくれると喜んだが、その理由にはガッカリだ。31文字で思いを伝える歌のように、私の長い話っぷりやグダグダな文章の改善の為にも、端的さを磨くに良い訓練になるのではないかとのことだ。

 

 思い起こせば長い人生の中で、私には幾つものマイブームがあった。ジャズやクラシックやシャンソンに熱中した。義母と造花やシュークリーム作りに夢中になった。オーブンの中でシューが膨らむと、嬉しくて天板ごと持って見せに行くと義母の目の前でペシャンコになる。。幾度の失敗は何のことはない、膨らみきらないうちに取り出す、私の嬉しがり屋が災いしての結果である。


 ブームになりかけて幾つか損をしたこともあった。仕送りを受けている分際で、級友とバンドをやろうと、ろくに楽譜も読めないくせにドラムセットを買ってしまったことがある。買ったはいいが練習場所に困り、殆ど叩きもしないまま湘南の友人宅に置きっぱなしとなった。そのうち彼がデビューを目指す知りあいに貸したまま所在不明となってしまった。


 楽器では箏も大好きで習ったりしたが、2人めの子を授かったと同時に、「さくらさくら変奏曲」のさわりが弾けるところで止めてしまった。ピアノは子供が習っていたので自分も、と内緒で猛練習して姉の子供達と、我が家でピアノ発表会と洒落て披露してみた。その箏もピアノも引っ越しで処分してしまったから、ドラムと同じように勿体ないブームで終わった。


 世間の韓流ブームから大部遅れて私もはまり、百数十本ものドラマを見、韓国語の学習も始めた。ごく簡単な読み書きが出来るようになると嬉しくなって、ドラマの中の看板や韓国商品のラベルから読める文字を見つけては喜んだし、調味料の容器や冷蔵庫など色々なものに韓国語で名前を書いて貼った。娘と韓国人と話す場面を想像して簡単な例文を練習し、もしペラペラと話し返された場合には直ぐに逃げようと、対策まで考えて大いに楽しんだ。


 従妹から歌舞伎座の花道に近い席に招待してもらってから、歌舞伎や浄瑠璃にもちょっとだけ夢中になったことがある。洒落っ気たっぷりの娘を相手に、ふざけて楽しんだ時期もあった。「して、その名は何と・・」「あ~い~ぃ、かか様の名は~おきみと申しまするぅ~ 」(^^♪ベベベベーン(太棹の音)・・てな具合のバカな母娘である。「ハムレット」や「サロメ」「マイ・フェア・レディー」等の観劇には、何の影響も受けなかったのに。


 色んなブームがあったが、今はSNSでプロの朗読を聞くことに夢中だ。でも何といっても「カクヨム」が現在の私の最高のマイブームで、好きな落語と共に余生を豊かなものにしてくれている。それというのも、こんなふざけた、そして拙い文章にも気持ちよくお付き合い下さる皆様のお蔭だと、心の底から毎日感謝しているローバなのであります。



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