第5章 転移編

第98話 転移

 俺はゆっくりと起き上がって、辺りを見渡した。


 草原が広がっていた。


 後ろには、森がみえる。


「は? どういうこと?」


 理解が追いつかない。


 さっきまで仮面男と戦っていた。


 あれが父親であるかは今は考えないとして……。


 明らかにいまの状況はおかしい。


「もしかして、ここ天国?」


「違うわ」


 すぐ隣にはシャーロットがいた。


「え、シャーロット様……。って、ミーアもテトラもいる」


 ミーアとテトラも体を起こして、周りを見ていた。


「これは、どうなっているのでしょうか?」


 テトラがシャーロットに尋ねる。


「空間転移魔法よ」


 シャーロットがペンダントを握りながら答える。


「このペンダントには、空間転移の術式が組み込まれているわ」


 シャーロットはそういいながら、ペンダントをテトラに見せた。


「なにも描いてありませんが?」


「ペンダントそのものが術式だからね」


 あ、なるほど。


「じゃあそれで空間転移したってわけですね」


 俺が尋ねると、シャーロットが眉をひそめた。


「……そう、なるわね」


 シャーロットが歯切れの悪そうにつぶやく。


「どうしたんです?」


「いえ……。予想していた場所じゃなくて」


「ん? どういうことですか?」


「このペンダント、転移する場所が最初から組み込まれているのよ。転移先はうちの屋敷に設定されているわ」


「屋敷ってシャーロット様の実家の……?」


 シャーロットが首を縦に振る。


「そうよ。でも、ここはまったく違うところなの」


「術式の失敗でしょうか?」


 テトラが質問する。


「失敗というより、暴走ね。空間魔法は、ちょっとしたことで他の場所に飛ばされる可能性があるから」


 そういえば、シャーロットの実家から別荘まで飛ぶ時も、魔法陣から出ないように言われた。


 魔法陣をはみ出すと、他のところに飛ばされる可能性があるから、と。


 まさかそれが起こったのか?


「でもなんで、暴走なんか……」


 ミーアがつぶやく。


「先程の衝撃が原因でしょうね。あれまでの魔法同士のぶつかり合いは、通常では考えられないわ。そのせいで魔術が正常に発動しなかったのじゃないかしら?」


 なるほど。


 たしかに……おそらく神級魔法である龍の息吹ドラゴンブレスとなんちゃって特級魔法である隕石メテオのぶつかり合いなんて、そうそうあるもんじゃない。


 まさにこの世の終わりの光景だった。


 あの中を生き残れただけで、凄いと思う。


 シャーロットのおかげだ。


 てか、仮面男が父さんだというのはまだ信じれない。


「あの人、本当に俺の父上なんですか?」


「……」


 シャーロットが黙る。


 それに答えてくれたのはテトラだった。


「あれはローランド伯爵です。間違いありません」


「……そうか」


 テトラまでそういうなら、事実なんだろう。


 イアンの言っていた通り、父さんはかなり危険なやつってのは本当のことだったようだ。


 いやでも、注意しろとか言われても、さすがに今回は無理でしょ。


「それより、シャーロット様」


「なにかしら?」


 シャーロットが転移前に「完璧だわ」と言っていた気がする。


 あれはなんだったのか?


 それに、シャーロットは仮面男が来ることを予期していたふうもある。


「どこまでご存知なのですか?」


「……」


「こうなることを知っていたんじゃないですか? 仮面男……父上が来ることも」


「……知らないわよ。なにも」


「本当ですか?」


「ええ」


 シャーロットが微笑む。


「アランくん。それはいま気にすることですか?」


「……そうだな」


 まあ、いま気にすることじゃないな。


 別にシャーロットを問い詰めたかったわけじゃないし。


 なにか事情があるにせよ、悪意を持っているとも思わない。


「で、ここはどこなんだろうな?」


 空には星が降ってきそうなほど、満天の星空が輝いている。


「わからないわ」


 シャーロットが首を横に振った。


「まあ……そうなりますよね」


「で、でも人を見つければ、なんとかなりますよ!」


 ミーアが元気を出すように言う。


「そうだといいのだけれど……」


 シャーロットが暗い顔をする。


「え、なんかヤバイんですか?」


「いえ、なんでもないわ。いま心配しても仕方ないもの」


 なんか気になるなー。


 まあいいや。


「ホント、わからないことだらけですね……」


「ええ」


「とりあえず、家に戻る方法を見つけましょう……。そもそもここがどこなのかわからない限り、なんとも仕様がないですが」


「まずは町、もしくは人を見つけるのが先決ね」


「はい。まあこんな草原しかないような場所で人が見つかるとは思いませんけど」


「そんなことないわ。ほら、すぐそこに道があるわ」


 シャーロットが指さしたところには、一本道ができていた。


 日本のように整備されていない土の道だが、ちゃんと使われている感がある。


 それをみて少し安心した。


「この感じだと、ここを馬車などが通るんじゃないかしら?」


「そのようですね」


「でも、この時間に人が通ることなどあるのでしょうか?」


 テトラが疑問を口にする。


 その疑問はもっともだ。


 今はかなり遅い時間だ。


 さすがにこの時間に人など通るはずが……


「アランくん、遠くから人が来てますよ」


「え、そんなご都合主義ある?」


 ミーアの指さした方向を見る。


 少女が俺たちに向かって走ってきていた。


 さすがゲーム主人公の俺。


 ご都合主義に愛されているわ。


「ひとまず、あの場所の人に色々聞きましょう」


 シャーロットがそう提案してきた。


「でも、あの子……なんか様子おかしくないです?」


 俺は視力強化フィジカル・エンチャントを使って、少女を見る。


 色々と突っ込みたいところがあった。


 まず、どうみても子供だ。


 そして、なぜか頭に猫耳を付けている。


 全身傷だらけだ。


 見るからに問題を抱えてそう。


「そうね。なにかから逃げてるような……」


「アランくん、後ろから魔物が追いかけてきてます。あれは……オークの集団ですね」


「オークだって?」


 森の中からぞろぞろとオークが出てきた。


 そしてオークたちは10歳くらいの少女をおっかけている。


「だれかー、たすけてー!?」


 少女の悲鳴が聞こえてきた。


 直後、少女が転倒する。


 俺は速攻で身体強化フィジカル・エンチャントを全身にかける。


 後ろからミーアが「アランくんらしいですね」と言っているのを耳に、少女のもとへ走り出した。

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