第94話 千倍強いです

 ミーアはゆっくりと目を開けた。


 全身に軽い倦怠感を覚える。


「……ごほっ、ごほっ」


 喉に砂が入り、思わず咳をした。


 砂浜で寝転されていることに気づく。


 さらに両手両足が、手錠のようなもので拘束されている。


 魔力を練ろうとしたが、手錠のせいで魔力が練られない。


――魔法封じの手錠ですね。


 続いてミーアは目を動かし、周りの状況を確認した。


 まずはテトラが目に入った。


 テトラもミーアと同じように砂浜に寝転されている。


 しかし、テトラの手足に手錠はない。


 その代わり、特殊な紋様が刻まれた鎖を巻かれていた。


「テトラ……さん」


 ミーアはテトラに向かって、手をのばす。


 と、その瞬間だ。


「起きたようだな」


 声が聞こえてきた。


 ミーアは首を動かす。


 そこにはガタイの良い男がいた。


 2メートルを超える体は、全身が鍛え上げられている。


「……」


 ミーアは洞窟での出来事を思い出した。


 洞窟が崩落し、アランたちと分断されたあとの出来事だ。


 ミーアはテトラとともに男と交戦したが、あっけなく敗北してしまった。


 狭い空間では戦いにくかったこともあるが、それ以前に男の実力が相当高かった。


「私たちをどうする気ですか?」


「俺はアラン・フォードと戦いたくなったんだ」


 男の返答が質問の返答になっておらず、ミーアは眉をひそめた。


「本気で殺り合える相手だと感じた」


 そういって男は目をギラつかせる。


 思わず、ミーアは息を呑む。


 ミーアは男から発せられる魔力を感じ取り、臨戦態勢をとろうとした。


「……ッ」


 しかし、魔力封じの手錠によって、彼女の魔力は制限されている。


「魔法使いが全力を出すにはどうすればいいかわかるか?」


 男がミーアに問いかける。


 質問の意図がわからず、ミーアは黙って首を横に振る。


「憎しみの感情を爆発させたときだ」


「……ッ」


 ミーアはかつての記憶が蘇る。


 憎しみを増幅させ、力を暴走させたときの経験だ。


「ほとんどのやつらは、怒りや憎しみに振り回され、身を滅ぼす。お前も記憶にあるだろう?」


 男がミーアを見る。


「俺は本物と戦いたいんだ」


 男はミーアにゾッとするような冷たい目を向けた。


「だから、俺はお前を殺そう。アラン・フォードの目の前で」


――狂ってますね。


 男ならば、その言葉通りミーアを殺すだろう。


 脅しでもなんでもないことを、ミーアは理解できてしまった。


「それがあなたの目的なんですね」


「私個人の目的だ」


 ミーアは疑問を覚えた。


 その言い方では、まるで別に目的があるように聞こえるからだ。


 そこでミーアは男が現れたときのセリフを思い出す。


 男は「シャーロット・ヒュターを殺しにきた」と言っていた。


 つまり、シャーロットを殺すのが、本来の男の目的。


 男はなんらかの組織に所属しており、その組織の目的がシャーロットを殺すこと、とミーアは推測を立てる。


 と同時に、ミーアは、エミリーやサイモンのことを思い出す。


 男がエミリーたちと同じ組織である可能性は高い。


 ビーチには魔法障壁が張ってあるが、それを解除したのもエミリーの可能性がある。


 しかしそれなら、対抗戦のときに、エミリーがアランを狙った理由がわからない。


――それもまた個人的・・・・・な理由なのでしょうか? まったくアランくんはモテモテですね。


 できれば、アランにはモテて欲しくない、とミーアは考えている。


 女性からも危険なやつらからも。


 そこまで思考を働かせたミーアは、自分がアランの足手まといになってしまっていることを歯がゆく感じた。


「私を殺した場合、あなたも殺されますよ」


「殺される?」


「アランくんはあなたが思っているよりも千倍強いです」


「ほお? それは楽しみだな」


「それともう一つ言っておきます」


「なんだ?」


「あなたは私を殺せません。なぜならアランくんは必ず私を助けてくれるからです」


 ミーアは誰よりも何よりもアランを信頼している。


 男は器用に片眉を上げた。


「ははっ。それは面白い。それでは今からお前を殺すとしよう」


 男が右腕に魔力を込める。


 さらに男は先端の魔力を変化させた。


 鋭利な刃物のように、魔力が研ぎ澄まされていく。


 身体強化フィジカル・エンチャントの応用技。


 体にまとった魔力を自由自在に変化させる技だ。


「……ッ」


 男は左手でミーアの頭を掴み、持ち上げる。


「喜べ。お前の死がアラン・フォードを強くする」


 男がミーアの腹に向けて、拳を振り下ろそうとした。


 が、そのとき。


――ドオォォォォン


 洞窟が爆ぜた。


 砂浜に爆音が轟く。


 砂煙で視界が覆われ、男は目を細める。


 砂塵の中から少年が一人、ゆっくりと近づいてきた。


「助けにきたぞ、ミーア、テトラ」


 アランが現れた。

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