第90話 こいつが亡霊?

 幻想的な光景が広がっている。


 天井にはつらら石、壁には石がはめ込まれている。


 それらの石はライトによって照らされ、様々な色を放っていた。


 普通の石ではないようだ。


「これは魔石ですか?」


「魔力を含む石という意味では魔石ね。ただし、純度が低すぎて使い物にならないわ」


「まあそうですよね」


 こんなに魔力濃度が低い場所では、さすがに魔石は採取できない。


「綺麗ですね」


 ミーアが呟く。


 さっきまでビクビクしていたのが嘘のように、目をキラキラさせている。


 テトラは興味深そうに石を眺めたり、触ったりしていた。


 俺たちは少しの間、この景色を楽しんだ。


「もう十分かしら?」


 もう少し見ていたかったが、これ以上ここにいたら、オリヴィアチームの出発時間が遅れてしまう。


 名残惜しいが、そろそろ戻ろう。


 はい、と頷いた――そのときだ。


――カツカツ、カツカツ、カツカツ。


 洞窟の奥から、足音が聞こえてきた。


 そして直後。


 ガタイの良い男が現れた。


 筋肉隆々のマッチョで、厳つい顔をしている。


 男がよく通る声で告げた。


「シャーロット・フュター。お前を殺しに来た」


 え……?


 まさか……こいつが亡霊?


 亡霊にしては存在感ありすぎるんだけど。


◇ ◇ ◇


 オリヴィアはイアンと海が見えるリビングで待機していた。


 イアンがじーっと洞窟のある方向を見つめている。


「シャーロットのことが心配か?」


 イアンがゆっくり頷く。


「ええ」


「あれほどシャーロットを目の敵にしてたのにな」


「……昔の話ですよ」


 イアンが苦笑いする。


 シャーロットとイアンは犬猿の仲であった。


 どちらかというと、イアンが一方的にシャーロットを嫌っていただけなのだが……。


 イアンは生徒会長の座を狙っており、同じ生徒会役員であったシャーロットに敵愾心を抱いていた。


「会長のことがときどきわからなくなります」


「わからなくなる?」


「突拍子もない事を言い出し、ついていけなくなります」


 イアンがため息を吐く。


「あいつが会長だと副会長も大変だな」


「はい」


「まあ、シャーロットも色々と抱えてるんだろうよ」


「それなら私をもっと頼ってくだされば良いのに」


「軽々と他人ひとに話せないこともあるだろ。私達もそうであるように」


 オリヴィアはイアンを見る。


 イアンは困った顔をしている。


――私からすれば、お前のほうが何考えてるかわからんがな。


 真面目、実直、優秀で有能。


 大きな欠点はなく、シャーロットがいなければ間違いなく生徒会長になっていた人物、それがイアンだ。


 だが、オリヴィアは入学当初から、イアンに対して警戒心を抱いていた。


 彼女は他人の強い感情を読み取る能力に長けている。


 感情と魔力には密接な関係があり、特に強い感情――愛憎に対して、オリヴィアは敏感である。


 それを彼女は”色”として例えている。


 実際に見える”色”ではないため、彼女にしかわからない感覚である。


 そんな彼女からすれば、イアンは奇妙でしかなかった。


 どんなときもイアンには”色”がなかった。


 シャーロットを嫌っていた昔と、シャーロットに好意を持っている今で、全く変化がない。


 もちろん、オリヴィアの感覚は絶対ではなく、相手の感情をすべて把握できるわけではない。


 また”色”が出にくい人物も存在する。


 たとえばテトラだ。


 しかし、そんなテトラでさえも微かに”色”が存在する。


 特に最近のテトラはよく”色”が出るようになってきた。


 オリヴィアはイアンから視線を外し、窓の外をみた。


 暗い夜が広がっている。


 と、その瞬間ときだ。


 ゾクッ。


 オリヴィアの背筋に冷たいものが走った。


「……ヤバイな」


「なにがでしょう?」


 イアンは不思議そうな顔で、オリヴィアを見る。


「侵入者だ」


 魔力に敏感なオリヴィアだからこそ気づくことができた。


 彼女の直感が「逃げろ」と訴えてくる。


 それほどの強力な存在が、迫ってきていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る