第73話 黒歴史

 ごほんっと咳払いをする。


 もう逃げ出したいけど、ここで逃げ出すのが一番恥ずかしい。


 こういうときは、ちゃんとスピーチしなきゃな。


「MVP、本当にありがとうございます。私はこういう場で話すことがあまりないので……とても緊張しています。勝った人、負けた人、試合に出られなかった人、試合を応援した人……色んな人たちがいる中で、幸運にも私は新人戦に出場でき、勝利し、そしてこの場に立たせてもらっています」


 右から左へと会場をさらーっと流し見る。


「しかし、当然のことながら、この勝利は私だけのモノではありません。ありふれた言葉ですが……。新人戦の勝利。これはチームメンバー六人で勝ち取ったものです。学園の勝利。これは出場選手全員で勝ち取ったものです。そして私達を応援してくださった皆様のおかげです。ありがとうございます」


 俺は会場の隅に目を向けた。


 ジャンが目を伏せてながら、壁に体を預けている。


「さて、話は変わりますが、私の友人にジャン・エリクソンという人物がいます。彼は非常に努力家で、真っ直ぐな心を持つ人物です」


 周囲の視線がジャンに集まった。


「ジャンが大将戦に出たいと志願したとき、私は迷わず彼に大将を譲りました。残念ながら彼は、弟であるダン・エリクソンに負けてしまいましたが」


 会場が少しざわつく。


 その中にはジャンを批判する声もあった。


 てか、ジャンのやつ、いつまで顔を下げたんだ?


 俺は避難する声を遮るように言った。


「さっきから下向いてんじゃねぇよ、ジャン。胸を張れ。じゃなきゃお前はただの負け犬だぞ?」


 あ、しまった……。


 スピーチ中なのに素が出ちまった。


 なんとか軌道修正しなければ……。


「え~と、つまりはその……私は彼の挑戦を称えたいということです。ジャンは弟との才能の差にめげず、努力し、自らの限界を超えて挑戦しました。結果は敗北という形でしたが、その敗北に意味があったと私は思っています」


 失敗には意味がある


 だから、ジャンよ。


 負けたけど気にすんな。


 って、やべぇ。


 言いたいことがまとまらんくなってきた。


 まあいいや。


 このまま突き進もう。


「ジャンに限らず、この対抗戦で日の目を浴びなかった人たちは大勢いると思います。しかし、そういった人たちにとっても、有意義な大会だったのではないでしょうか?」


 学園長と目が合った。


 あ、そうだ。


 学園長にもエールを送ってあげよう。


「魔法の発展は挑戦によって得られてきました。挑戦とはすなわち、困難に挑むことです。挑戦して失敗することもあります。むしろ、失敗することのほうが多いでしょう。ですが、挑戦し、失敗した者だけが前に進むことができます」


 学園長の髪が後退してるのも、挑戦してるからなんだよ。


 だから気にしなくていいんだ。


「そして幾度も失敗した者たちが魔法を発展させてきました」


 ここで学園長の好きな”魔法の発展”というワードをチョイスするあたり、俺って天才かもしれない。


 にしても、会場がやけに静かだよな。


 もしかして俺、スベってる?


 俺みたいな若造が生意気なこというなって感じかな?


 学園長のように、髪の毛が後退するぐらいの年齢じゃないと威厳が出ないのかも。


 ジャンやミーア、クラリス、オリヴィア、そしてシャーロットと目が合う。


 みんな……そんなに見ないでくれ。


 もう俺の頭パンクしてるからね?


 自分でも何言ってるかわからんから。


「勝とうが負けようが、挑戦した人たちこそが真のMVPだと思っています。私はそんなみなさんと一緒に、大会に参加できたこと、そして、こうして勝利を祝えることを嬉しく思います。勝って食べるご飯はやはり美味しいですよね。今日はみんなでたくさん飲み食いして、労い合いましょう。以上です」


 ペコリとお辞儀をすると、大きな拍手が聞こえてきた。


 えっと……こんなもんでいいのかな?


 上手いスピーチをやれた自信がない。


 スピーチも普通に一分超えてるし。


 まあしゃーないな。


 だって、スピーチの準備とかしてこなかったわけだし。


 直前にスピーチしてくださいとか、マジでないと思う。


 そのせいで、スベったじゃねーか。


 ジャンに向かって暴言も吐いちまったし。


 思い出すだけで恥ずかしい。


 もうスピーチなんて一生やりたくない。


 これ以上、黒歴史を作るのはウンザリだ。


 俺は逃げるようにして壇上を降りた。

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