第41話 オレでなきゃ見逃しちゃうね

 やっちまった。


 いや、マジでやっちまったよ。


 地下室で放つ魔法じゃなかったわ、あれ。


 危うくテトラを巻き込むところだった。


 てか、先生大丈夫かな?


 いや、大丈夫じゃないか。


 でもあの状況ではああするしかなかったしな。


 うん、俺は悪くない。


 って、先生いないし。


 どこいった?


 まあいいや。


 先生を倒すことが目的じゃないから。


 妹のところに行く。


「……」


 テトラがじーっと俺を見つめてくる。


「大丈夫か?」


 見た感じ、怪我はなさそうだ。


「……」


 あの~、無言で見つめるのやめてくれません?


 困るんだけど……。


「なぜ私を助けにきたのですか?」


 え?


 それ最初に言うこと?


 なんか他にない?


 ありがとう、とか。


 お兄ちゃん大好き、とか。


 いや、お兄ちゃん大好きはないか。


 そんなこと妹に言わせるとか、かなり気持ち悪いだろ。


 別に感謝されたくて助けにきたわけじゃない。


 まあちょっとは感謝されたいけど。


 どっちかっていうと、俺のためだ。


 もしもテトラになんかあったら、俺は自分を許せなくなる。


「なぜ助けに来たのですか?」


 テトラが再び聞いてきた。


 いや、聞こえてるからね?


 念押さなくて大丈夫だからね?


 なぜとか言われても、答えなんて決まってる。


「妹だからだよ」


「血はつながってませんよ」


 え、そうなの?


 マジで?


 それは知らんかったわ。


 いや実は俺、アランの記憶が一部欠落してるんだよね。


 むしろ、一部の記憶しか持ってないというべきか。


 ここ最近の記憶しか残っていない。


 いわゆる記憶喪失ってやつだ。


 前世の記憶はしっかり残ってるんだけどね。


 てか、俺たちって本当の兄妹じゃなかったの?


 じゃあなに?


 ……いま話すべき内容ではないな。


「でも妹であることには変わりないだろ?」


「妹……? つまり家族愛というやつですか?」


「家族愛って……まあ間違ってはないけど。面と向かって言われるとハズいな」


「兄様にそんなものがあるとは思いませんでした」


 家族なんだから大切にするだろ、普通。


 って、昔のアランは家族に対する愛情なんてなかったな。


 それにフォード家は冷たい人が多い。


 やっぱりイアンだけが唯一まともな気がする。


「本で読みました」


「え、なにを?」


 話題が唐突すぎてビビるわ。


「人間には愛情があるものだと。でも私には愛がなんなのかわかりません」


「そんなの俺だってわからんよ」


 愛がなにかって?


 知らんがな。


 そんなの考えるだけでめんどくさい。


 そういう小難しいことはお偉い哲学者たちに任せておけばいい。


「ではなぜ私を助けにきたのですか?」


 これループ式の会話かなにかなの?


 選択肢間違えたら、最初の会話に戻ってきちゃうの?


 いや違うだろうけどさ。


「最初から言ってるだろ。お前が俺の妹だからだ。家族を助けたいと思うのは変なのか?」


 たぶん俺は妹に好かれていない。


 でもだからって、俺が妹を大切にしない理由にはならない。


 血がつながっていなくても、俺の妹なんだ。


 守ってやりたいと思うのも当然だ。


「わかりません。私はそういう気持ちになったことがないので……」


 まあ、そうだろうな。


 テトラって感情がない子だし。


 何にしても妹が無事で良かった。


 それだけで俺は満足だよ。


「わかりません」


 テトラがポツリと呟いた。


 わかりませんって言われてる俺のほうがわからんけどな。


 教えて、グー○ル線先生。


 妹の気持ちがわからずに悩んでいます。どうすればいいですか?


「わからない、わからないって……具体的に何がわからないんだ?」


「怖いとは感じませんでした」


「は?」


 どういうこと?


「誘拐されて襲われて殺されそうになって……それでも恐怖はありませんでした」


 え、そこまで感情がない子だったの?


 びっくりなんだけど。


 俺が同じ状況だったら、多分ちびってる。


「でも、兄様が来てから、よくわからない気持ちになりました」


「よくわからないって、なにが?」


「わかりません。それがわからないから困惑しています」


 いや、俺だってわからんよ。


 わからないが多すぎて、わからないって言葉でゲシュタルト崩壊が起きそう。


「でも初めての気持ちです。今までには感じたことがなかったものです」


「なるほどな」


 適当に頷いてみたけど、全然なるほどじゃない。


「この気持ちは、また味わえるのでしょうか?」


 この気持ちはなんだろう~?


 この気持ちはなんだろう~?


 中学のときに歌った気がする。


 って、呑気に考えてる場合じゃないよな。


「兄様と一緒にいれば、この気持ちの正体がわかるのでしょうか?」


「それがどんな気持ちかはわからん。でもまあ、俺はテトラと仲良くしたいよ」


「……はい。わかりました」


 テトラの口の端がわずかに上がったようにみえた。


 ん?


 気のせいか?


 いや、たしかに俺は見たぞ。


 いま表情動いたよね?


 ほんの一瞬だけだったけど。


 ほんのわずかな動きだったけど。


 でも、ちゃんと動いたよね?


 ピクッと動いて、すぐに元の無表情に戻ったけど。


 おそろしく速い動き……オレでなきゃ見逃しちゃうね。

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