第32話 寂しくないのですか?

 カフェに来た。


 最近できたばかりのカフェらしいんだけど、ここイケメン多くない?


 イケメンパラダイスってやつか?


 俺、ぜんぜん嬉しくないんだけど。


 美女がいっぱいいるほうがいい。


 てか、男の客とか俺だけだし。


 めっちゃ肩身狭いんだけど……。


 俺と妹は向かい合わせに座っている。


 そして俺の横にはミーアがいる。


 妹と二人では気まずいから、ミーアにはついてきてもらった。


 俺は小心者なんだ!


 なぜかミーアも緊張した顔をしている。


 人選間違えたか?


 クラリスのほうが良かったんじゃないか?


 いやミーアは風紀委員だし、こっちで間違いないはずだ。


 それについてきてもらったんだし、俺が文句を言えることでもない。


「えっとアランくんの妹さんですよね?」


「はい。そういう認識は……あまり嬉しくありませんが」


 え、なにその言い方。


 俺の妹ってのが嫌なわけ?


 まあ気持ちはわかるよ。


 落ちこぼれの俺の妹なんて嫌だよな。


 でも、かなりショックだよ。


 ミーアがごほんと咳払いをしてから、自己紹介を始めた。


「はじめまして。ミーア・ミネルヴァです。本日はお忙しいところ、お時間を割いていただき、ありがとうございます」


 え、ミーアさん硬くない?


 なにその挨拶。


 硬すぎてビビったわ。


 ここそんなに正式な場じゃないからね?


「あのミーアさん? そんなかしこまらなくていいからね?」


「え? そ、そうなんですか?」


「うん」


 ミーアって常識が欠けてるところあるからなー。


 まあ人とあんまり関わってこなかったから仕方ない。


「はじめまして。テトラ・フォードと申します。いつも兄様がお世話になっております」


 妹がペコリと挨拶する。


 良かった。


 テトラはミーアに対して偏見を抱いていないようだ。


「え、えっとお世話になってるのは私のほうというか……なんというか」


「ミーア。それ世辞のようなもんんだから。そんなに真剣に応えなくていいよ」


「え? そうなのですか?」


「うん」


 ミーアってほんとに他人と話したことないんだな。


 心配だ。


 って、待てよ。


 俺、ミーア、妹の三人って、コミュ力最悪の三人なんじゃないか?


 これヤバい気がしてきた。


 なんとか俺がリードしないと……。


「突然カフェなんて誘って悪かったな」


「別に気にしてません」


「今日はちょっと話があるんだ」


「兄様から話があるとは珍しいですね」


 まあ最近はほとんど話してなかったしな。


「風紀委員に入るつもりないか?」


「なぜでしょう?」


 いやなぜって言われても。


 風紀委員が人手が足りないからだよ。


 このままじゃあ俺一人でヤバいんだ。


 兄様を助けておくれ。


「風紀委員が人手不足なんだ」


「風紀委員になりたい人などたくさんいるでしょう」


「なりたいと、なれるかは違うだろ」


 オリヴィアの基準って意外と厳しんだよな。


 俺が入れたくらいなんだから、てっきり誰でも入れると思ったけど、そうでもないらしい。


 実際、風紀委員に入会希望出したやつはそれなりにいたんだと。


 でも、実力が伴わないと言って、ジャン以外全員断ったとのことだ。


 そのジャンからも逃げられる始末だ。


「私はなりたいとは思いません」


 まあ、そうなるよな。


 妹が風紀委員に興味がないことくらい、だいたい予想できていた。


「話は以上ですか?」


「あ、ああ」


 やべっ。


 これで交渉終わりになっちまう。


 何か考えないと……。


 ダメだ。


 ポンコツの俺の頭では何も思い浮かばない。


 ちらっとミーアを見る。


 ミーアはずっとテトラを見つめていた。


「寂しくないのですか?」


 妹がピクッと動きを止め、ゆっくりとミーアの目を見る。


「寂しいとは?」


「一人は寂しくないのですか? 私は寂しかったです」


 ミーアがぎゅっと手を握るのがみえた。


「アランくんが現れるまで一人で生きてきました。それが普通だと思ってましたけど、やっぱり寂しかったです」


「……そうですか」


「はい。そうです。一人で食べるご飯よりも二人で食べるご飯のほうが美味しいです」


 ミーアの言葉には重みがあるよな。


 俺が同じこといっても全く響かないと思うし。


 でもご飯は誰かと食べるのが美味しいってのは同感だ。


 ボッチ飯とか泣きたくなるし。


「ご飯の味に違いがあるとは思いませんが?」


 なるほど。


 俺やミーアと違って、妹は一人でも大丈夫って感じなんだろうな。


 その精神が羨ましいよ。


「じゃあこうして一緒に食べるご飯も味は変わらないんだな?」


「いえ、ここの料理は学園のものと比べて味が落ちます」


 そういうことじゃねーよ。


「はあ……」


 前途多難だ。


 風紀委員に誘うとかそういう話以前に、普通に会話が通じる気がしない。


 その後、結局、妹を風紀委員に入れることはできなかった。


 マジで無理ゲーでしょ、これ。


◇ ◇ ◇


 テトラは自分の部屋に戻ってきた。


 質素な部屋だ。


 生活に必要最低限なものしか置いていない。


 しかしその中に、ひときわ目立つものがあった。


 全身を写せる大きな鏡だ。


 テトラは鏡を見つめた。


 そこには無表情な少女が映し出されていた。


――まるで人形のようですね。


 テトラでさえ、自分をそう評するほど鏡の中の自分は表情に乏しかった。


 ふとミーアの言葉が頭によぎった。


『寂しくないのですか?』


 テトラはだれにともなく呟く。


「……寂しいってなんですか?」


 彼女にはわからない。


 けれど、ほんの少しだけ心がざわついた。

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