第31話 テトラ・フォード

 少女が廊下を静かに歩く。


 彼女の名はテトラ・フォード。


 フォード家の長女であり、アランの妹である。


 その美しい容姿と傑出した才能から、否が応でも注目を集める少女だ。


「テトラ様……」


 一人の少年がうっとりした顔でテトラを見つめる。


 彼女の姿に見とれる生徒もちらほら。


 作り物かと疑ってしまうほどの整った顔立ち、知的な印象を与える切れ長の目、スラッとした体型。


 そしてフォード家長女としての、毅然とした立ち振舞。


 人を引き付ける魅力を、彼女は十分以上に兼ね備えていた。


 だがそんなテトラを批判的に見るものも少なくない。


「人形姫様か。マジで何考えてんのかわかんねーよな。本当に人形なんじゃね?」


 ぼそっと男子生徒が呟く。


 人形姫。


 それはテトラを指す言葉である。


 人形のような美しさと、人形のように一切表情を変えたないことから、人形姫と呼ばれている。


 実際、テトラが笑った姿を見たものは一人もいない。


 笑うどころか喜怒哀楽のすべてを表情に出さない。


 一切の無である。


 表情だけでなく、感情もほとんど動かない。


 それが社交性ゼロと言われる所以である。


 テトラがちらっと、悪口を言ってきた生徒を見る。


 その少年は「うわ」と小さく悲鳴を上げ、ささーっと逃げていった。


 彼女は談話室にある椅子に座った。


「この前できたカフェ、思った以上に良かったよ」


「え、どんな感じ?」


 テトラから少し離れたところで女子生徒二人組が会話をしている。


「内装がおしゃれで、何よりもイケメンが多かった」


「それは行くしかない」


「ただ味はちょっと微妙かも」


「そのくらいは許容範囲内よ」


 テトラは耳がよい。


 魔族も耳が良いとされるが、それと同じレベルで耳が良い。


 彼女らの声が自然と耳に入ってくる。


――カフェですか……。そういえば商業区に新しいカフェがオープンしたらしいですね。私は全く興味ありませんが。


 3週間前に商業区の西エリアでオープンしたカフェがある。


 しかし、彼女からすればどうでも良い情報であり、すぐに魔法生物学の本に意識を切り替える。


「一年ってあんまりいい人いないよね」


「たしかに。上と比べるとパットしない」


 いつの間にか、少女たちの会話が恋愛に移っていた。


 こういう女子トークをする人たちの気持ちが、テトラには理解できない。


 そもそも彼女には、誰かの気持ちを理解することができない。


「強いて言うなら、アラン様がちょっと気になるかも」


――アランって兄様のことでしょうか?


 テトラは兄の名前を聞き、わずかに反応を示す。


 相変わらず無表情であるが。


「でも魔族とつるんでるのが……あっ」


 突然、二人組が席を立ち、慌てた様子で席を離れていく。


 テトラは再び魔法生物学の本を読み始めた。


 しかし、あまり集中できそうになかった。


 彼女には友達がいない。


 自分が友達と楽しく話しているところを想像できない。


「はあ……」


 気がつくと、テトラはため息をこぼしていた。


 それが何に対するため息なのか、彼女にはわからなかった。


 ただ胸の中にもやもやした感情が募る。


 と、そのタイミングで――


「なんか困ってるのか?」


 テトラは声のしたほうを見て、驚く。


「………………は?」


 久しぶり、彼女は素の声が出してしまった。


 そこにはアランがいた。


◇ ◇ ◇


 妹を風紀委員に入れるというミッションが俺にくだった。


 オリヴィアの説得も虚しく、ジャンが風紀委員を辞めてしまったからだ。


 オリヴィアさん、もうちょっとがんばってくださいよ。


 いやまあ俺のせいなんだけどさ。


 俺を一人にしないでくれ。


 なんか、風紀委員ってマジでやること多いらしんだよ。


 風紀委員はかなりの権限を持ってるみたいだし。


 てかさ、学校も風紀委員に色々と任せすぎじゃない?


 俺たち学生だよ?


 学生にそんな権限持たせていいの?


 俺みたいに変なやつが風紀委員長になったら破綻するからね?


 ってまあ、これもゲームの都合上そうなってるんだろうけどさ。


 校内の乱れた風紀を整えるって、なんかエロゲにありそう……。


 やっぱここはエロゲの世界?


 風紀を乱す者に罰則として、不埒なことをやらせるって展開だ。


 ってことは俺、風紀委員長になればやり放題じゃん。


 サイコー!


 ……んなわけないよな。


 妄想は頭の中だけにしときます、はい。


 でも、現実逃避もしたくなりますよ。


「無理ゲーでしょ、これ」


 冷静になって考えたら、妹を風紀委員に入れるとか無理だと気づいた。


 いや冷静になる前から気づいてたけどね。


 あの子、風紀委員とか絶対興味なさそうだもん。


 風紀委員? なにそれおいしいの? みたいな反応をされる気がする。


 まあでも、声かけるだけ声かけてみるか。


 どうせムダだろうけど。


 妹を探すと、すぐに見つかった。


 学校の談話室にいた。


 この子、人との関わりは拒絶するくせに、なんで談話室にいるの?


 なにがしたいの?


 まあ見つけやすくて助かるけど。


 俺は妹の横に座る。


 すると、


「はあ……」


 ため息を吐かれた。


 あれ、それって俺へのため息ですか?


 いや違う気がする。


 俺の存在に気づいてないっぽい。


「なんか困ってるのか?」


 妹の顔が俺のほうに向く。


 相変わらず無表情だ。


 マジで人形のようだな。


「は?」


 え?


 は? ってなに?


 普通にこわいんだけど。


「えっと……良かったらお兄ちゃん話が聞くよ?」


 俺ってこんなキャラだっけ?


 違うよな。


 妹とほとんど会話してこなかったし、こういうときどう接すればいいかわからん。


 でも、少なくとも「お兄ちゃん」はないだろ。


 アランの記憶では、妹に対してもっと尊大に振る舞っていた。


「…………」


 無言で睨まれる。


 怖い。


 ごめんなさい。


 調子に乗りました。


 以後、気をつけます。


「…………」


 やべぇよ。


 会話を続けらえる気がしねぇよ。


 こういうときはどうすればいいんだ?


 まずは世間話かな?


 世間話ってなに話せばいいんだっけ?


「え~っと今日は天気いいですね」


「…………」


 ダメだった~!?


 そりゃあそうだよな。


 天気の話とかどうでもいいよな。


 あと今日曇りだし。


 なんなら雨降りそうだし。


「最近学校はどうだ?」


「…………」


 これもだめかよ!?


 てか連続で無視するのはやめてくれない?


 メンタルブレイクするんだけど……。


 妹と仲良くする方法がわからない。


 ヤ○ー知恵袋にでも投稿しようかな?


「…………」


 妹に無言で睨まれる。


 その変な人を見るような目、やめてくれない?


 フツーに傷つくんだけど。


 いや、まじでどうすればいいの?


 そういえばクラリスが新しくできたカフェの話してたな。


 若い子ってカフェとか好きそうだし、誘ってみるとか?


 いやいや妹がカフェに興味あるとは思えん。


 まあでも、当たって砕けろだよな。


「最近、西エリアにカフェができたんだけど……」


 探りを入れてみる。


 すると妹の眉がピクッと動いた。


 ん、いまちょっと反応したぞ?


 ワンチャンあるかも。


「今度一緒に行かないか?」


 いや無理だよな。


 わかってる。


 こんなの誘い乗るはずがない。


「……わかりました」


「え? いまなんて?」


「一緒に行ってあげます」


 まじか。


 え……これ冗談じゃないよね?


 どういう風の吹き回しだ?


 まあ、なんにしても良かった。


 カフェに一緒にいく程度には嫌われてないらしい。

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