第23話 私は――

――今までもずっと一人だった。だから、これからもずっと一人でいい。


 ミーアは孤独な世界で生きてきた。


 彼女の心は憎しみで満たされている。


「ミーアにその目は似合わない」


 誰かがミーアに向かって言う。


 その人物をミーアは知っている。


――アランくん……。そんな目ってどんな目? 私はどんな目なら似合うの?


 ミーアにはわからない。


 憎しみならわかる。


 悲しみならわかる。


 苦しみならわかる。


 でもそれ以外はわからない。


――私はどんな目をすればいいの?


 ミーアにはわからない。


 もう何もかも嫌だった。


 すべて壊してしまいたかった。


 そして自分も一緒になくなってしまいたかった。


「待ってろよ、ミーア。いますぐそっち行ってやるからな」


――そんなことしなくていい。


 突如、アランの魔力量が膨れ上がった。


 あまりの膨大な魔力に、ミーアは目を見開く。


 人間一人が出せる魔力量を遥かに超えている。


 魔力が多いとされる魔族よりも、明らかに多い出力だ。


 ミーアの知る限り、最多の魔力量である。


 今、彼はどれほどの魔力を出しているのだろうか?


 ミーアの頭にふと疑問が浮かぶ。


 そして同時に思った。


 そんなことをすればただでは済まない、と。


――私のことなんてほっといてください。


 どうせミーアは誰からも必要とされない子だ。


 そんな者のためにアランが頑張る必要なんてどこにもない。


――いや違いますね。アランくんはきっと私を討伐しにきたんですね。


 アランにやられるなら悪くない。


 ミーアはそう思った。


 むしろやられるならアランがいいと思った。


「――笑って」


――笑う? 笑うってなんでしょう?


 ミーアにはわからない。


――本当に? 本当に私はわからない? 


 ああ、そうだ。と彼女は思い出す。


 アランと一緒にいる時間で、ミーアは笑えていた。


 幸せだった。


――ああ、手放したくないな。アランくんとの時間を。


 いつの間にか、アランが目の前に来ていた。


「アラン……くん?」


 ミーアはアランを前にしたことで、徐々に取り戻していた自我を完全に取り戻すことができた。


「ミーア。助けに来てやったぞ」


「なんで……ですか?」


「なにが?」


「なんで私のためにここまでするんですか」


――私は呪われた子だ。アランくんが命を賭けてまで助ける必要なんてないのに。


「ミーアがいなくなったら、俺一人でランチ食べることになるし」


 そんなの――


「理由になってません」


「俺にとっては大事な理由なんだよ」


 ミーアもそれは知っている。


 それこそミーアは人生のほとんどを一人で過ごしてきたのだから。


「んじゃ、抜くからな。痛いかもしれんけど我慢してね?」


 アランがミーアの腹に刺さっている短剣を抜こうとする。


 だけど、ピクリとも動かない。


 彼女はわかっていた。


 そんなんでこの短剣が抜けないことを。


 おそらく、この暴走を止めるまでは、短剣は引き抜けないだろう。


 そして暴走が終わるときはミーアが息絶えるときだ。


「私は魔族の子ですよ? 他の人と食べたらいいじゃないですか」


「他の人なんていない」


――嘘だ。


 ミーアは知っている。


 アランが他の子と仲良くしていることくらい。


 アランならミーア以外の友達をすぐに作れるはずだ。


 わざわざ嫌われ者のミーアと一緒にいる必要はない。


「いつも一緒にいる金髪の子は?」


「クラリスはダメだ。俺はミーアと一緒がいいんだ」


 ミーアはその言葉でドキッと胸が高鳴る気がした。


――これは……嬉しい? この期に及んで私は何を求めてるの?


「……ッ」


 突如、アランが苦悶の表情を浮かべた。


 一秒一秒がアランの命を奪っていく。


 ミーアのせいで。


「もう大切な人を失うのは嫌です」


 ミーアはすべてを憎いと思っていた。


 壊したいと、殺してしまいたいと思っていた。


 しかし、彼女は愛情も知っている。


 かつて父や母が自分を愛してくれた。


 そして、大切な人が失われる苦しみも知っている。


 母がいなくなったときの悲しみを未だに覚えている。


 だからアランを失いたくないと考えた。


 彼だけは生きて欲しいと願った。


 自分のせいでアランが死んでしまう。


 それだけは絶対にダメだった。


 アランはミーアを助けてくれた。


 一緒にご飯を食べてくれた。


 疎まれるミーアと仲良くしてくれた。


 そして今、命がけで助けにきてくれた。


 これほどまでにミーアのことを想ってくれた存在を、彼女は知らない。


「アランくん」


 アランがゆっくりと顔を上げる。


「ミーア……」


 アランが弱々しく呟く。


 絶対に失いたくない存在。


 ミーアにとって最も大切な人。


 ミーアが――した人。


 短剣に施された魔法術式によって、ミーアの感情は膨れ上がる。


 憎しみの感情が、強烈な想いによって打ち消されていく。


 爆発した感情を抑えきれない。


「アランくん、ごめんなさい。私は――」


 ミーアはアランの額にキスをした。


 幼い頃、母が自分にしてくれたように……。


 彼女の中から、憎しみが消えてなくなる。


 代わりに芽生えたのは愛情だ。


――どうやら、あなたを好きになってしまったようです。


 ミーアがそう自覚した瞬間、力の暴走が止まった。

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