第5話 救出

「ふむふむ、なるほど。そういうことか……」


 図書館で、一人頷く俺。


 ここ数日でだいぶ勉強ができるようになっていた。


 授業で先生が言っていることが、多少わかるようになったのだ。


 もちろん、他の生徒と比べるとミジンコ並だけど、俺からしたら大きな成長だ。


「アランって馬鹿じゃないのかもな」


 一度覚えたことをしっかりと覚えているし、理解力だってある方だ。


 少なくとも、前世の俺よりも頭の出来は良い。


 いままでのこいつは真面目に勉強をしてこなかったから、頭の中が空っぽなだけだったと思う。


 どんどん知識を吸収していくのが楽しく、図書館に行くのが楽しみになっている。


 今日も図書館にこもって勉強をしていたら、だいぶ遅い時間になっていた。


「ふぅ、今日もたくさん学べたぜ」


 前世ではそんなに勉強が好きじゃなかった。


 いや、どっちかというと嫌いだった。


 でも、アランの吸収力が良いせいか、今は勉強が好きだ。


 何より、魔法の勉強が面白い。


 魔法には夢がある。


 これぞロマン!


 図書館から出た俺は公園に行った。


「よし! 魔法の練習だ!」


 無詠唱魔法を覚えてから、魔法を使うのが楽しくて、毎日魔法を使って遊んでいる。


 といっても、相変わらず詠唱魔法は使えない。


 詠唱学の授業では、詠唱をするフリをしながら、無詠唱魔法の『発火イグニッション』を使っている。


 けれど発火イグニッションは、初歩的な魔法のため、俺に対する周りの評価は低い。


「無詠唱を使える俺は、お前らとは格が違うんだよ!」


 と、以前のアランだったらマウント取っていたと思う。


 でも、今の俺はそんなことしないぞ。


「マウント取ったって仕方ないもんな。それに言ったところで信じてくれなさそうだし」


 こっそりと無詠唱魔法の鍛錬をするのみ。


 ちなみに発火イグニッションの火力は調整できる。


 魔法陣に流す魔力量を調整するころで、自然と火力が変化する。


 自分の身体の近くなら、自由自在に火を操ることもできるし、任意の場所で魔法を発動できる。


「ホント、魔法が使えるようになれて良かったよ」


 ゼロとイチは違うように、魔法を使えることになる前と後では大きな違いだ。


 そうして、日が暮れるまで無詠唱魔法の鍛錬に励んだ。


「本日の練習は終了! 今日も良い汗かいたぜ!」


 ――ぐぅぅぅぅ


 俺の腹から凄い音が鳴った。


 魔法の発動には、かなりのエネルギーを消費する。


 そのおかげで、少しずつ痩せてきている。


 一石二鳥だと思う。


「腹減ったな。早く帰って飯にせねば」


 公園を出て寮に向かう。


 すると、そのときだ。


「いや! やめてください!」


 少女の叫び声が聞こえてきた。


 とっさに声のしたほうに目を向ける。


 少女が男たちに囲まれていた。


 ぬぬぬっ、何やら事件の匂いがするぞ。


 男たちは三人組のようだ。


「ん? あの子は……」


 少女の顔に見覚えがあった。


 同じクラスの少女。


 たしか名前はクラリス。


「おらっ、抵抗すんな!」


 男の一人が語気を荒げながら、クラリスの肩を掴んだ。


「嫌よ! 誰か助けてっ!」


 クラリスが首を激しく振りながら、周りに助けを求めた。


 でも、ここは人通りが少ない場所。


 俺以外にこの場にいないわけで……。


 クラリスの目が俺に向いた。


 目が合った。


 ボーイ・ミートゥー・ガールの瞬間だ。


 そんなロマンチックなものではないけど。


 クラリスが驚いた顔をする。


 しかし、直後、彼女は諦めたような表情をした。


『アランに助けてもらえるわけがない』


 クラリスがそう思っているのが伝わってきた。


 冗談じゃないっ!


 俺だって人助けはする。


 女の子が困っているのを見捨てるクズじゃない。


 大きく息を吸った。


 そして目をかっと見開く。


「ちょっと待てや、チンピラ共! 誰に手ぇ出しとんじゃ、ボケェ!」


 ツバを飛ばし、声を荒げる。


 男たちがようやく俺の方に目を向けた。


「あん? 誰だ、てめぇ」


 リーダー格らしき赤髪の男が凄んでくる。


「うっ……」


 正直、怖かった。


 俺は殴り合いをしたことがない。


 喧嘩は苦手だ。


 でも、ここで引くわけにはいかない。


「俺はアラン・フォード」


 自分の名を告げたとき、スイッチが切り変わったような感じがした。


「ははっ、アランって。あの落ちこぼれのアランか?」


 赤髪の男が鼻で笑いやがった。


 悔しいが、落ちこぼれなのは間違いない。


「デブがなんの用だ?」


 続けて赤髪の男が質問してきた。


「誰に向かって口を聞いている? 俺はアラン・フォードだぞ」


「だからなんだってんだよ」


「愚民どもとは出来が違うって言いたいんだよ。まさか愚民は耳が悪いのか? それともオツムが弱いのか? あぁ、そうだったな。愚民は頭が弱いから愚民なんだな」


 かつてのアランのように傲慢不遜に振る舞う。


 こういうときに昔のアランの記憶が役に立つ。


「出来損ないのアランがっ! 調子に乗ってんじゃねぇ!」


 赤髪の男が罵声を浴びせてくる。


「出来損ないと言ったか? はんっ、お前たちは本当の俺の姿を知らないようだな」


「本当の姿……? その醜い豚の姿が本物だろ?」


 赤髪の言葉につられて、他の男どもがゲラゲラと笑い始めた。


「ここまで道化だと同情すら覚える。しかし、なるほど。愚民どもには、少し痛い目を見て貰わないと現実が理解できないようだ」


 俺はこっそり指先に魔力を込める。


 ゆっくりと歩きながら、三人組に向かって歩き出す。


「な、なんだ……。俺らとやり合おうってのか?」


 リーダー格の男が挑発してくる。


 だが、威勢のわりに腰が引けていることがわかった。


 俺の傲慢不遜な言い方が少しは役にたったのかもしれん。


 これなら俺にも勝機がありそうだ。


 俺は赤髪の頭上に魔法陣を展開させ――発火イグニッション


「お前の頭、真っ赤でオシャレだな」


「は? なにを言って……ぎゃあああああぁぁぁぁ! 火がァァァァ! 頭がァァァァ!」


 赤髪の頭が真っ赤・・・に燃えている。


「な、な、何が起こっている!?」


 赤髪の横にいる男が慌てふためく。


 俺はそいつに向けて発火イグニッションを放つ。


 男の服が燃え始めた。


「があああぁァァァッ! 熱い熱い熱いぃぃぃぃ」


 残った一人は尻もちをつく。


 そいつは化け物を見るような目で俺を見てきた。


「くそッ、なんだよ! なんなんだよぉぉ!」


「お前も燃やしてやろうか?」


「嫌だぁぁ! やめてくれぇ!」


 男はひぃひぃ言いながら逃げていった。


「ぎゃああああ! 頭がぁぁぁ」


「服がぁ! 助けてくれぇ!」


 他のやつらも半狂乱になりながら逃げていった。


 そして、あとに残ったのは俺とクラリスに二人。


 クラリスのほうを見ると、彼女が呆然とした顔で俺を見ていた。

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