IFルート

IFルート1『日常の終わりに』

──東校 会議室

「スカッドミサイルの状況はどうなんだ」

「今月以内には最初のプロトタイプが完成する予定だよ」

戦略戦術ロケット愛好会の会長が答えた。

「それでは間に合わない!西校は今日明日にも仕掛けてくるかもしれないのに!」

「それは生徒会の責任じゃないかね。

もっと早く設立を承認してくれればよかったのだよ。

もっともこんな状況を事前に予測できたとは、私も言わないけどね」


西校のクーデターによって成立した新体制は、もはや全面戦争を前提に動いていた。

正規軍の介入は、おそらく間に合わない。


「責任逃れのように聞こえるかもしれませんが…

今は戦闘に備える事を第一に考えましょう」

山城生徒会長が言った。



「なんであたしらまで穴掘りさせられてんだ」

部長はスコップを動かす手を止めずに愚痴った。

「私達だけじゃない」

ストレロクが言った。


東校生徒はほとんどが、所属を問わず防御用陣地の構築に駆り出されていた。

生徒会は、とにかくやれることは全てやるつもりだったし、少しでも生存率を引き上げたいという切実な願いも込められていた。


「なにもないよりは、マシさ」

ストレロクが一息つきながら言った。

部長たちはBMPの車体がそっくり埋まるだけの穴を掘っていた。

砲塔だけを地面から出して、見つかる確率と被弾する確率を少しでも減らすための措置だった。


「佐藤、準備はどうだ」

生徒会の藤崎が車から降りて来て言った。

「見ての通りだよ」

部長が肩をすくめて答えた。

「対空・IR偽装用の偽装網を持ってきた。掘り終わったら設置しろ」

藤崎がトラックから降ろされた偽装網を指さして指示する。

「ありがとう」

ストレロクが言った。

藤崎は意外そうな顔をしたが、すぐに表情を戻して言った。

「それでは、他のところも確認しないといけないから、これで失礼する」


「偽装網か、役に立つのか?」

「さぁな。まともな装備の相手とやり合うなんて初めてだ」

「二人共早く穴掘りに戻ってよー!」

PPが二人を呼んだ。



──そうして貴重な数日が過ぎ、取り急ぎの防御陣地が完成した。

そしていつ来るかわからない正規軍の介入まで、東高の生徒は所定の位置で交代しながら待機する事になった。


そんなある日、部長たちは偽装網の下でポーカーを遊んでいた。

「チェック」「チェックだ」

「レイズしちゃおっかなぁ~」

メガネが嬉しそうに財布を開けた。

「佐藤さま!交代に来ましたわよ!」

長岡たちがやってきた。

「おぉ、やっとか」

部長がカードを置いて立ち上がる。

ストレロクもカードを置く。

「あぁちょっとまだ勝負の途中~」

メガネはせっかくのチャンスを潰されて不満の声を上げる。

機械化装甲射撃偵察帰宅部の面々は、総合民間警備部と交代して帰路についた。



「飛行場より戦闘機および爆撃機、多数の離陸を確認、送れ」

西校を偵察していた生徒からの無線連絡が生徒会室に届いたのは、

その日の夜のことだった…



「なんだ、うるせぇな…」

部室で寝ていた部長はサイレンの音に起こされて呟いた。

「まだ夜だよ~」

他の面々も起き上がってくる。


学校中のスピーカーががなり立てる。

「西校より多数の航空機発進を確認。全生徒は戦闘配置につけ!」

部長たちは慌てて着替えて装備を取り、BMPの隠してある戦車壕へ急いだ。


「防空部隊はレーダーのウォーミングアップ急げ!」

「レーダーサイトからの応答がなくなった!訓練じゃないぞ!」


「おぉい!途中まで乗せていけ!」

部長が防御陣地に向かうトラックを呼び止める。

「早く乗れ!」

運転席の生徒が叫ぶ。

5人はトラックに乗り込んだ。



「敵戦車らしい集団、グリッドD6からE6方向へ前進中」

各所に隠れて偵察している一隊から報告が入った。


「いよいよお出ましか」

地面に掘った戦車壕に収まったT-72の中で、笹嶋は呟いた。

「全車、対戦車戦闘用意。許可するまで赤外線暗視装置は使うな」

対戦車戦闘か、模擬戦以外でやったことはなかったな…

笹嶋は夜間用双眼鏡を掴みながら思った。


笹嶋はハッチから身を乗り出して、頼りない夜間用双眼鏡で周囲を観察する。

「くそっ、よく見えん…」

ようやく報告に有った敵戦車らしい集団を見つけ出す。

砲塔は既に笹嶋たちの方を向いていた。

「2時方向!敵戦車!」

砲塔の中へ滑り込みながら、笹嶋が叫んだ。

戦車同好会の戦車が一斉に砲塔を旋回する。


3両のM1戦車が一斉に射撃を開始した。

気の毒な3号車のT-55が、射撃の機会もなく撃破された。

「照準でき次第撃てぇ!」

笹嶋の乗ったT-72と、2号車・4号車のT-55が射撃を開始した…



遠くで砲声が鳴り響いている。

どちらが優勢なのか判断はつかなかったし、考えている余裕はなかった。

…機械化装甲射撃偵察帰宅部の周囲でも、戦闘が始まっていた。


戦車壕から砲塔だけを突き出したBMP-1にはPPとストレロクが収まり、周囲に掘られた蛸壺に分散する形で部長、メガネ、新入りが居た。

幸いなことに、この時遭遇した敵部隊は重武装の歩兵戦闘車を装備していなかった。

とはいえM113装甲車数両に満載の西校生徒が相手では、楽な戦いではない。

(M113の定員はドライバーを含めて最大13名である)

元々の所属チームを極力そのままの編成で投入した東校とは違い、西校は柔軟に編成を調整して攻撃部隊を作っていた。


「ストレロク!装甲車を黙らせてくれ!」

「やってるよ!」

BMP-1の低圧砲がM113を撃ち抜く。

炎上するM113が、周囲の西校生徒を浮かび上がらせる。

部長たちはそこに射撃を浴びせていった。


お互いにまともな暗視装備を持っていない状況での夜戦は、ひどく無秩序なものになっていた。

あちこちで銃撃が起きている。

いまや前後左右あらゆる方向で銃声が鳴り響き、発砲の閃光が辺りを照らしている。

自分たちが孤立しているのかどうかもわからないまま戦い続ける。

不意に相手がバラバラと後退を始めた。

…どうやら凌ぎ切ったらしい。


「全員、無事か?」

部長が問いかける。

「BMP、異常なし」

ストレロクが答える。

「こっちは平気」

新入りも無事らしい。

それで報告が途切れる。

「メガネ、無事か?」

「メガネ…?」



──夜が明けた。

西校の第一次攻撃は終わった。

東校の面々は、西校が思っていたよりも頑強に抵抗したらしい。

自然発生的に起こった束の間の休息を、部長は状況確認に使うことにした。

夜の間にはわからなかった周辺の様子を確かめておく必要がある。

防衛線全体の状況も不明だった。


担当ブロックの指揮所に向かう途中に、笹嶋を見かけた。

「笹嶋」

部長が笹嶋に声をかける。

「佐藤か」

転がっている死体の顔を見つめていた笹嶋が顔を上げる。

「誰のだ?」

「…長岡だ。顔は、見ない方がいい」

「…そうか。…その腕は?」

「脱出のときに火傷しただけだ。他のやつよりは運が良かったよ。

そっちの状況は?」

「メガネがやられた」

「そうか…」

それきり二人は立ち尽くしていたが、そうしてばかりもいられない状況だった。

「すまんが、俺は後退させてもらうよ。

戦車もやられて、片腕だけじゃ役には立たんからな」

「あぁ…」

指揮所に向かうなら同じ方向なのだが、なんとなく、並んで歩くのは憚られる雰囲気だった。

仕方なく部長はほんの少し遠回りをして指揮所に向かった。



「そう、こっちの戦車はT-55が残り2両。

敵M1戦車は2両撃破確実、最低1両はまだ残ってる。

踏みとどまれって?もう一度夜戦をやられたらこっちは刃が立たない。

T-55の暗視装置は粗い上にクリスマスツリーだって、わかってるでしょ」

指揮所ではブロックの防衛指揮官の生徒が無線にかじりついている。


「あぁ、佐藤さん、状況を報告してもらえる?」

各隊の昨夜の損害を集計していた生徒が、佐藤に気づいて声をかける。

「…メガネが…中村が死んだ」

「そう。他には?」

平然と受け応える生徒を睨みつけるが、相手はそれを報告の終わりだと判断したようだ。

殴りつけたくなる気持ちを必死でこらえて他に目をやると、状況が見えてきた。

担当ブロックを拡大して印刷された地図からは、多くの味方部隊がまるごと消失していた。

…死者1名は相当に少ない損害だった。


「佐藤?あぁ、ちょうど今居る。

佐藤!BMPに対戦車ミサイルはまだ残ってる!?」

指揮官が部長に質問した。

「あぁ!まだ残ってるよ!」

部長は怒鳴り返した。

「BMPの対戦車ミサイルは残ってる!

後は歩兵用の対戦車ミサイルが何基かあるだけ!

これで西校を防ぎきれって!?ちょっと!?聞いてるの!?」


「まだここに残れって?」

部長が手近な生徒に聞いた。

「そうみたいね。ずっとあの調子で喧嘩してるよ」



──西校の攻撃部隊は、昼頃には態勢を整えて再攻撃を始めた。

昨夜の攻撃で東校の防空網を破壊した西校航空部隊は、

今度は地上部隊への攻撃を本格化した。

夜間は使用できなかった全天候運用能力のない機体も攻撃に参加している。

東校の地上部隊はこれに耐えきれなかった。


「もう無理だ!各隊援護しつつ陣地を捨てて後退しろ!」

悲鳴のような無線が響いた。

穴だらけにされた防衛線は、各所で突破されつつあるらしかった。

一応の目的地として設定された第二防衛線に、

たどり着けるのは何割も居ないだろう。

辿り着いたとして、そこで組織的な抵抗ができるとは思えない状況だ。


新入りの視界の中で、部長の身体に銃弾が何発も撃ち込まれる。

──あぁ、あれはもうだ。

目を見開いたまま倒れ込んで動かない部長を見て、新入りは思った。

ストレロクは、炎上したBMP-1から、火傷を負ったPPをなんとか引きずり出そうとしている。

「PP、早く脱出しろ!

新入り!部長を連れて逃げろ!」

ストレロクが叫んでいる。

新入りは、倒れた部長を無視して射撃を続けた。

「ストレロク!PPは諦めて!」

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