第15話『メガネ、その野望』

メガネ、本名『中村 千秋』の金銭への執着は、

スラム生まれスラム育ちという境遇も影響していただろう。

少なくともスラム育ちで金に困ったことのない人間は、

たとえスラムの犯罪組織のボスでも居ない。

とはいえ幼なじみの部長にすらはっきりと異常だと言われるその金銭欲は、

スラム出身者の平均値を上回っていた。


──部室

彼女たちは今日も部室でちゃぶ台の周囲に車座になって話していた。

(PPはいつものようにBMPを弄ったり磨いたりしている)

「やっぱり、こうやって下働きのアルバイトをしてても、

お金持ちにはなれないと思う…!」

メガネが言った。

「…それはまぁ、たしかに」

部長が言った。

「結局元締めが儲けを全部持っていっちゃうのよ!」

「じゃあどうしようっていうんだ?」

ストレロクが先を促す。

「うーん、例えばメガネブランドのクスリを製造して販売するとか…」

「最低すぎる」「見損なった」

部長とストレロクが言った。

「もうちょっと合法的なのはないの?」

機械油で汚れた手を拭きながら、呆れ返ったPPが言った。

「元手が少なくても大きく儲かるのは合成麻薬よ」

メガネはふんぞり返った。

「もうちょっと倫理観を持て」「軽蔑するわ」「合法的にって言ったよね?」

「でもでも、科学部と手を組んで作ったらさ、大金持ちになれるよ?」

「もう喋るな」

これでこの話は終わりだとばかりに部長は一服を始めた。


「じゃあ話は変わるけどさ、皆はなんの元締めになりたい?」

メガネが言った。

「言うほど話変わったか?」

とストレロク。

「とりあえず合成麻薬は無しかな…」

PPが言った

「売春の元締めもなしだ」

部長が言った。

「みんな商売っ気がないなぁ」

「人殺しよりも下って有るんだなぁ」

ストレロクがしみじみと言った。

「それを言いだすと話がこじれてくるよ?」

「まぁ、あたしらも結構色々やってるからな…」

「じゃあ今更クスリに手を出すぐらいどうってことないじゃん」

「やめろって言ってんだよ」


「じゃあメガネはそんなに金を手に入れて何をするんだよ」

ストレロクが聞いた。

「…?メガネ帝国…?」

メガネがしばらく考えて、言った。

「メガネ帝国!?」「何も考えてないのかよ!?」

「お金があれば何でも出来るのに、

どうしてお金が増えたあとのことを気にするの?」

「えっ」「どうしてっていわれても…」

三人は狼狽した

「やばいよ、金の亡者っていうかお金の信奉者だよ…」

PPが怯えて言った。

「私たちはどうすればいいんだろう…」

ストレロクが言った。

「私は毎日クレープが食べたい」

新入りが言った。

「お、おぅ、そうだな」

もはや天然発言一つでは事態を打開できなかった。


「メガネ、あたしたちが悪かった…

じゃあ金を手に入れるために何をすればいいか考えよう…」

部長が神妙な顔つきで言った。

「例えば武器弾薬の製造とかも有るけど、これには初期投資がたくさんかかるのよ。

つまり大きく儲けるには元手が要るの」

「それは確かにそうだ」

「麻薬と売春がダメとなると、賭博や高利貸しね」

「だいぶマシになったように思える自分が嫌」

「そういうストレロクはどうなの?なにかあるの?」

「…銀行強盗とか…」

「ストレロク、お前もか」

「いやまぁ私達に出来ることってそういうのしかないけどさ」

「でも、確かに一理あるわ。高利貸しにも賭博にも元手が要る…

稼ぐ手段は結局銃しかない…」

メガネがウンウンと頷きながら演説を始めた。

「皆の考えてること、私にもわかるよ…

他には輸送コンボイ襲撃や、クスリの売人の襲撃、

裏組織を襲撃して売上を奪ったり…」

「確かにそういうことしか浮かばないけどやめて欲しい」

「地道に、地道に行こうよ…!」

PPが言った。

「この混迷の時代、持てる者から奪うしかないよねぇ…!」

メガネは無視してヒートアップしている。

「おい新入り!メガネを大人しくさせろ!」

部長が叫んだ。

新入りが立ち上がって、おもむろにメガネの首を絞める。

メガネは必死で新入りの腕をタップする。

「新入り、その辺でいいぞ」

部長が言った。新入りはメガネを解放した。

「落ち着いたか?」

「はい…」


──翌日 食堂

昼食の時間、部長は対面に座る二人にそっと質問した。

「笹嶋、長岡、もしお前らが大金をほしいと思ったら何をする?」

「ん?銀行でも襲うとかか?」

「物資倉庫襲撃もいいですわ」

「わかった…もういい…」

部長は呻いた。

「佐藤、どっか悪いのか?」

笹嶋と長岡はそんな部長を不思議そうに見つめていた…。

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