第14話『たまには汚れ仕事を』

奥まった柱の陰のテーブルで、"仲介人"の隣に腰掛ける。

仲介人は新聞を読んだままだ。

机の下でそっと紙幣を差し出す、仲介人が受け取る。


「お前達向けの仕事がある。正規軍の脱走兵だそうだ、見つけ出して殺せ」

「あたしらは殺し屋じゃない…」

「同じようなものだろ。酒場の用心棒よりは明確な理由があって殺すだけマシさ」

「チッ、説明は有るんだろうな」

テーブルの下でそっと資料を手渡される。

「テレンス・スキナー、今更ホームシックにかかって、母国に帰りたがってる」

「在日米軍の生き残りか、…ホームシックだぁ?」

「そういう依頼だ。裏の事情なんか知らんほうが身のためだ」

「ふん…」

部長は席を立って言った。

「なぁ、いつも思うんだが。学食でこれやるの、却って目立たないか?」

「私はハードボイルドが好きなの!」



──部室

「暗殺の仕事かー、あんまり好きじゃないな」

「あたしだってべつに好きじゃないよ」

「位置だけ分かれば新入りが狙撃して終わりでいいんじゃないか?」

資料を回し読みしながら口々に言う。

「予想される潜伏場所が学区ギリギリだ、やるなら早くしないとな」

「しかしどうやって本人を確認するんだ?

はい、そうです。とは教えてくれないだろう」

「まぁアメリカ人は目立つからな。聞き込んでねぐらに押し込むさ」



──スラム街

スラムにお似合いの格好に着替えて(要するに普段の私服だ)、

潜伏場所と思われるスラムにやってきた。

「あたしとメガネが聞き込みをするから、

ストレロクと新入りは街の出口を警戒してくれ。

PPはいつでもBMPを出せるように待機だ」

「了解」「了解」「はーい」「りょーかい」


「アメリカ人の爺さんだ、知らないか?」

手近なスラムの住人に声をかける。

「そういう手合はまともな街に住んでる。知らないのか?」

住人が答える。

「知ってるから聞いてるんだ、目立つだろ」

「だが、知らないな。喋る気もない」

「あたしみたいな美人と、この先話す機会はないよ」

「かまうもんか」


「部長、この調子じゃ何日有っても足りないんじゃない?」

メガネがぼやいた。

「そのうち噂になる、情報の方から駆け込んでくるか、

さもなければ、向こうが身を隠すためになにか動くさ」

「強引だなぁ」


日暮れまで聞き込みを続けていると、情報屋がやってきた。

聞き込みは安い酒場に限る。

「それで、この脱走兵の事を知ってるって?」

曇ったグラスに入った薄い酒に顔をしかめながら部長は言った。

「あぁ、金さえ払えばすぐに教えてやる」

帽子を深く被って目元の見えない情報屋が言った。

「話が早くて良いね。いくらだい?」

「2万」

「相変わらず人の命は安いねぇ…」

紙幣を差し出すと、情報屋はサッと懐に入れた。

「この酒場の二階が宿屋になってる、204号室だ」

「本当に話の早いやつだ。好きだよそういうの」

「じゃあな」

情報屋は一滴も飲まずに去っていった。

酒場の店員が顔をしかめる。

「清掃代はいくらだい?」

「5千だ」

「あぁ、本当に安くって涙が出てくるね…」

「奴の滞納してる家賃も払ってくれると嬉しいが、

そこまでは言わないよ」



「メガネ、ドアの脇で待機してろ」

「了解」

部長はマカロフにサイレンサーを装着して、

鍵の位置を撃つと、ドアをそっと開けた。


部屋の中には散らかった着替えと、それが入っていただろう旅行鞄が一つ。

それに、年老いた脱走兵。

かわいそうに、拳銃は鞄の中に放り出してある。


「あのころはまだ、この異国の地で踏みとどまるのは祖国のためだった。

今の俺は何だ?生きてるのかもわからない日本政府なんてもののために

何十年も働かされた!」

現状は理解しているらしいが、締まらない遺言だった。


「そのころのことは何一つ知らないが、ご苦労さん」

サイレンサー付きのマカロフを二連射、それで終わりだ。

──あたしの仕事も、の仕事も。

「帰るんだ…アメリカへ…それだけだったのに…」

「諦めな、船も飛行機も、もう出てないよ」

銃声を聞いて顔を出したメガネと一緒に、部屋を出る。


安酒場の喧騒の中で、

サイレンサー付きマカロフの銃声は誰にも聞こえなかったようだ。

部長達は言い寄ってくる酔っ払い共をかわして外に出た。

底冷えする夜の街路に身震いしながらインカムで作戦成功を報告する。

「奴は死んだ」

「了解、撤収する」

「あぁ、早く帰ろう」

部長はタバコを一本、口に咥えた。

ふと気づく。

あたしはただの哀れな老人を軍の代わりに始末しただけだ。

裏の事情なんかなにもない、ただの汚れ仕事。

「ハードボイルドの何が良いんだか…」

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