第5話『ブラックマーケットへ行こう』
「ショッピングで気分転換すべきだと思うのよ」
メガネが宣言した。
「…貯蓄は?」
ストレロクが言った。
「とはいえ確かに気分転換は必要だな…」
顎を撫でながら部長が答えた。
「弾薬の補給も兼ねてブラックマーケットに行くか」
「兵站部にでも便乗させてもらったらいいんじゃない?」
PPは暗にBMPの発進を拒んだ。
「BMPはどうかしたのか?」
「それこそ部品を買ってきて修理しないと、
当分登下校は歩きになるわね」
「そいつは大変だ」
部長は肩をすくめた。
──兵站購買部・本部
「次の不正規買い出しに便乗したい?」
いかにも書類屋という風情の女子生徒が言った。
「そうだ」
「ん~直近なら明日の買い出しが有るけど…」
「ほらよ、5人分の運賃だ」
「ん、じゃあ明日、9時30分に23番倉庫前で。このカードを首から下げて。
他にも便乗者がいるから一緒に固まって待ってて」
渡されたカードホルダーには「兵站購買部 仮部員用」と書かれている。
「市場でも馬鹿みたいに提げてるのか?」
「市場についたらしまっておけばいいのよ。
カードがなかったら乗せてもらえないからね」
「了解…」
──翌日 23番倉庫前
「便乗者は隅の方に集まってくださーい」
メガホンを持った兵站部生徒が誘導する。
「もうなんか常態化どころの話じゃないな、このカードもだけどよ」
部長が感想を漏らした。
「ちょうどいい小遣い稼ぎなんだろ」
ストレロクが言った。
倉庫からはブラックマーケットで販売する品物…
学校内の不良在庫、あるいは必要とされているが高く売れるもの…
を兵站部がせわしなくトラックに積み込んでいく。
「備品が足りなくなるわけだぜ」
タバコに火を着けながら部長が言った。
「変な正義感出すと乗せてもらえなくなるよ」
メガネが言った。
「べつに、いつもの光景さ」
「便乗者の皆さんは空いてるトラックに乗り込んでくださーい」
積み込みの終わった兵站部生徒が宣言すると。
便乗者たちが最後尾の空荷のトラックに乗り込んでいく。
「今は専用のトラックが有るのか」
「前は荷物の隣だったよね」
「盗むやつでもいたんじゃないか?」
喋りながら部長たちも後に続く。
BTR-70装甲車を先頭に、兵站部のトラックコンボイが発進した。
「クッションでも持ってくればよかった…」
「三時間ぐらいだっけ…」
トラックの荷台に座り込みながら呻く部長とメガネだった。
「持ってきてなかったの?」
PPは愛用のクッションを下に敷いていた。
ストレロクと新入りは、どうということもないふうに座り込んでいる。
──三時間後 ブラックマーケット
「便乗者の皆さん、出発は3時間後です!それまで自由行動ですよー」
兵站部の生徒がメガホンで呼びかける。
「そのうち社会科見学でも始まりそうだな」
「似たようなもんだろ」
部長とストレロクが呆れたように話している。
「新入りはここのマーケット初めてでしょ」
「……」
新入りはマーケットの熱気に若干気圧されているようだった。
「迷子になるなよ、出発に間に合わないと面倒だ」
部長が言った
「メガネと新入りは特に何を買うか決めてないんでしょ?
二人で見てきたら?」
PPが言った。
「あぁ、PPはBMPの部品で、あたしたちは弾薬を買うつもりだからな」
「新入りも弾薬にこだわりがあるなら、言ってくれれば選んでくるよ。
見る目は有るから、腐った弾なんか選ばないから安心して」
ストレロクが新入りに言った。
「ありがとう。SVU用の弾薬を買ってもらえれば大丈夫」
「オーケー」
「よし、いつでも合流できるようにインカムの電源は入れとけ、それじゃあ行くぞ」
「後でね、メガネ、新入り」
「じゃあまずはギアボックスのパーツを~」
「ほいほい、じゃあ新入り、私達も行こうか」
部長たちと別れたメガネと新入りもマーケットへ入っていった。
「ここはどういう場所なの?」
新入りがメガネに尋ねた。
「ん~、お金さえ有ればなんでも手に入る場所。非合法だけどね。
学区外に有るからうちの学校も西校も積極的に取り締まらなかったら、
いつの間にかこんなに大きくなっちゃって、
今じゃ取り締まるどころかここから物資を買うようになっちゃったって話よ」
「へぇ…」
「まさに社会科見学ね、商品の仕入れ過程は知らないほうがいいでしょうけど」
それを聞いて新入りには、
周囲に並べられた色とりどりの品物たちが急にうす汚れて見えたのだった。
新入りの様子に気づいたメガネは話を逸らすように言った。
「でもでも、ちゃんとしたお店も有るし、美味しい食べ物も有るんだよ!」
そう言うと視界に入った小綺麗なクレープの屋台へ新人を引っ張っていくメガネだった。
一方、部長たちはパーツショップが並んだマーケットの一角を、
隅々まで舐め回すように見て回るPPの後ろをついて回っていた。
「これ三時間で間に合うかな」
部長が言った。
「部長、私なら身を守るぐらいはできる。弾薬の買い出しに行ってきていいか?」
ストレロクの提案に、部長は「ずるいぞ」という顔を浮かべながら、
しかし無言でうなずいた。
部長にうなずき返すと、ストレロクはマーケットの雑踏に消えていった。
PPの半ば趣味的な買い物にただ一人つきあわされ、
唯一の逃避手段である会話もなくなってしまった。
どうもこのショッピングは部長の気分転換としては失敗だったようだ。
「ストレロクさん、久しぶりですね」
薄暗い半地下の店内でガンショップの店主が話しかける。
「お前か、あいかわらず店先においてある弾はクズばかりだな」
ストレロクが箱の中の弾薬を手に持って眺めながら言った。
「並べとけば、バカが中身も見ずに買っていくんでね」
「呆れたやつだ。いつもの弾に、今回からドラグノフ用の7.62ミリも追加してくれ」
「何箱ご入用ですか?」
「ひとまず20箱でいい」
「毎度あり…最近はアーティファクトの方はやらないんですかい?」
「もうしばらく行ってないな。どうかしたのか?」
「ずいぶん供給が減ったんで最近値上がりしてますよ。知らないんですかい?」
「ふぅん、そうだな。考えておくよ」
「その時はぜひともうちに持ってきてください。弾はすぐ用意します」
店主がバックヤードに引っ込んでいく。
ストレロクは弄んでいた弾薬を箱に戻して蓋をしめた。
時間をつぶすために店内を見回すが、
人気のない店内に特に目を引くものもなかった。
陰気で信用できない店主のガンショップが、
ブラックマーケットの一等地に居座っているのは
アーティファクト取引の仲介所として顔のおかげだった。
むしろガンショップは隠れ蓑にすぎないと言えた。
「お待たせしました」
店主が弾薬の入った紙箱を抱えてやってくる。
「一応中身を確認させてもらうぞ」
ストレロクが紙箱に手を伸ばす。
「あなたにクズを押し付けたりしませんよ」
店主が笑った。
美食の喜びに目覚め機嫌を直した新入りと、
欲しい物を首尾よく手に入れたメガネの二人が、
東校のトラック部隊の元へ戻ってきた。
「部長たちはまだみたいね」
「うん」
周囲では出発のために兵站部の生徒たちが、
せわしなくトラックに荷物を詰め込んでいる。
「新入り、楽しめた?」
「うん…ありがとう」
やがて大荷物を抱えた部長とPP、そしてストレロクが現れた。
新入りとメガネが慌てて手助けに向かう。
「便乗者の皆さん、出発しますよー」
誰もが大量の荷物を抱えてトラックに乗り込んだため、
帰りのトラックは山と積まれた荷物の上に生徒が箱乗りする形になってしまった。
「三時間もこのまま~!?」
メガネが言った。
「お前らは好きなもの買えたからいいじゃねぇか、
あたしはずっとPPの買い物を眺めてただけだよ…」
部長は疲れ果てた顔で愚痴るのだった。
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