第4話『大きなヤマ』

──東校生徒会室

「パトロールでの一件だが、武装強盗を"制圧"した報酬だ。

藤崎を無事に連れて帰ってきたことも称賛に値する」

生徒会長は子供の駄賃程度の金額の入った封筒を手渡しながら言った。

「へぇ、恐縮であります。生徒会長どの」

おどけたふうに部長はそれを受け取った。

「…いいチームになった。イレーナも仲良くやっているようだ」

「は?」

「射撃部に居られなくなった時に、君の部活にやったのは正しかったらしい」

「最初は厄介払いだと思っていましたが、確かに優秀ではあります」

「私はこの学校の生徒皆の事を考えている。

生徒が毎日を楽しく過ごせることが何より重要なのだ」

「ははぁ、まるで母親気取りですなぁ」

反抗期の子供のように部長は言った。

「もちろんその中には…佐藤、お前も含まれている。

手のかかる不良児だが、腕は確かだ。人望もある」

「……」

「私はこの学校の生徒が笑って卒業できることを望んでいる。

その前に死んだり、大きな問題を起こして退学するようなことになれば、私は悲しい」

「脅しですか?」

「違う、本心のことだ。わかっているだろう。いいか。

……私の庇い立てできないような真似はするな」

最後の言葉は、あるいは殺意とも呼べるほどの感情が込もっていた。

「退出してよろしい」

「…失礼します」


「生徒会の連中はよくあんなのと毎日仕事してんな~。

昔はあんな風じゃなかったのに、生徒会長になってからまったく病気だぜ」

ブツブツと呟きながら部長は部室へと向かった。

「しっかし、軽い封筒だ、明日の昼飯にもならねぇんじゃねぇか?」

封筒をポケットに押し込みながら部長は言った。



──部室

「ストレロク、そこのレンチとって~」

BMPのメンテナンスをするPPが言った。

「そこの?どのレンチだ?」

ストレロクは工具箱の積まれた一角を見つめる。

「青い工具箱を開いて上から三番目~」

「はいPP。よく覚えてるなそんなの…」

ストレロクはレンチを差し出した。


「だからね新入り、将来のために、資産形成は重要なのよ!」

メガネは、手製のパンフレットらしきものを見せながら、新入りに熱心に話しかけている。

「私はライフルを撃てればそれでいい」

「これだから虚無的な最近の若者は!」


「メガネがだる絡みしてる…」

「ちょうどいい絡み相手ができちゃったね…」

メンテナンスを終えたらしいPPがBMPから這い出てきた。


「うーす、元気にやってるか部員諸君」

部長が部室に入ってきた。

「おかえり部長」

「また生徒会から懲罰でも食らった?」

「いや、この前の強盗制圧のボーナスだってよ」

「ボーナス!?」

メガネが目を輝かせる。

(欲ボケとクルマオタクとライフルバカ…)

ストレロクは内心で呆れた。

「やるよ…」

メガネの食いつき様に部長も呆れたらしく封筒を差し出す。

「いいの!?」

「いいよ」「いいよ…」「いい…」

「えっ、何この光景」

BMPの整備を終えて、手を洗ってきたPPはやり取りを聞いていなかった。

「「いいよ…」」

ストレロクと部長は首を振った。

「なにが…?」


「強盗の命って安いな~」

メガネは封筒からでてきた金額にぼやいた。

「売っぱらったテクニカルのほうが高かったな」

部長が言った。

「部長、パトロールボランティアも終わったことだし、そろそろバイトを探さないか?」

ストレロクが言った。

「ん~そうだなぁ。この前のスラムで弾薬を使ったし、ここらが稼ぎ時か…」

顎をさすりながら部長は天井を見上げて言った。



──部室棟のベランダ

「よぉ、久しぶりだな佐藤。仕事で呼んだってことは、でかいヤマだな?」

恰幅の良い女子生徒が部長に話しかけた。

「あぁ、いつものヤマじゃお前らのガス代も払えないからな」

吸っていたタバコを捨てながら部長が答えた。

「さぁ、佐藤、中で話そう。外は冷える」

「それだけ太っててまだ外が寒いのか?」

「ハラスメントってやつだぜソイツは」

女子生徒が笑いながら人差し指を立てた。


──部室棟 自販機コーナー

「相手は?」

缶コーヒーのプルタブを開けながら女子生徒が言った

「武装難民だとよ。数は大したことないが、装備は良いみたいだ」

「ふぅん、ああいうのはやりにくいんだよなぁ」

「場所は廃墟のスラムだ、建物は壊してもいいとさ」

「壊していいなら更地にしちまったほうが楽でいい」

「弾代で破産しちまうよ」

「そりゃそうだ」

コーヒーを一口飲んでから、女子生徒が尋ねた。

「他には誰に声をかける気だ?」

「砲撃部から自走砲を一台借りる、歩兵ももう一個分隊はどこか呼ばないとな」

「総合民間警備部でいいだろ、報酬安いし」

「身も蓋もねぇ」



──次の日

部室棟の貸し会議室には女子生徒の一団が集まっていた。

「みんな揃ってるな、一応名乗っとくか?

私が作戦指揮をとる機械化装甲射撃偵察帰宅部の佐藤だ」

部長が言った。


「第1砲撃部の藤山だ。自走砲は2S1が確保できた。

いつも通り、後方からの砲撃支援に限らせてもらうぞ」

眼鏡を掛けた神経質そうな女子生徒が言った。


「戦車同好会の笹嶋だ」

恰幅の良い女子生徒が言った。


「総合民間警備部の長岡よ。集まるのも久しぶりね」

ロングヘアに顔立ちの整った女子生徒が言った。


「なんというか、いつものメンツだな」

笹嶋が言った。

「連携もしやすいし、べつに構わんだろ?」

部長が答えた。

「わたくしの力を借りる以上、それなりの相手なのよね?」

長岡が言った。

藤山は眼鏡をなおし、笹嶋は唸り声を上げた。

「クライアントの情報ではかなりの重装備らしい、

スラムの一角を占領していて再開発の邪魔になってるそうだ」

「地上げの手伝いか」

藤山が言った。

「正直言えば再開発なんてのは方便だろうが、廃墟のスラムをクライアントがどうしようが、あたしらには関係ないね。

依頼を受けて金をもらう。それだけだ」

「……まぁ、そうだ」

「エレガントではないわね」

長岡の発言に笹嶋が何かを言おうとしたが、飲み込んだようだった。

「二人共、抜けるならさっさと抜けな、時間の無駄だ」

部長が鋭く言った。

「いや、納得した、大丈夫だ」

「え、えぇ、わたくしも問題ないわ…」

「よし、資料のUSBだ、チームでコピーしても問題ないそうだから、

必要なら後でそうしろ。それじゃあ資料を見てくれ」


一通りの説明を終えた後、笹嶋が唸った。

「相手が重装備なのは分かったが、こりゃ完全な市街地だ。

戦車を突入させるには危険が大きいぞ」

「歩兵二個分隊じゃ不安かもしれんが、これ以上増やすと採算が取れない」

「クライアントがケチなのか、相場を知らないのか。交渉はできないのか?」

「無理だな。あたしたちの中で分配比率を変えるぐらいはできるが」

「じゃあ少し色を付けてくれ、今のままじゃ私は抜けるね」

「しょうがないウチの取り分を減らしてそっちに回すよ」

「そういう話なら、わたくしたちの取り分がすこし少ないのではなくて?」

長岡が抗議した。

「いつもの比率だろ。それに突入はウチがやる、あんたたち総合民間警備部は戦車の随伴をしてるだけでいい」

「それは、そうなのだけれど・・・」

「つまらん金の話が続くなら、もう帰るぞ」

藤山が言った。

「いや、金の話はこれ終わりだ。そうだな?長岡」

「し、仕方ないわね…」

「しかし藤山よ、自分だけいい格好をするのはよくないな。

さっきの通りだと支援砲撃の弾数が少なすぎると思わんか」

笹嶋が言った。

「……、いいだろう。必要なら、弾薬庫分は全弾撃ってやる」

「ありがとう藤山。助かるよ」

部長が言った。

「わたくしのときと態度が違いませんこと…?」

(お前のチームは文句を言えるほどの練度じゃないだろ…)

長岡以外の三人は心のなかで思った。

──総合民間警備部は仰々しい名前とは裏腹に、女子生徒4人のささやかな部活である。

そもそも名前に惹かれてクライアントが現れることを当て込んでの命名なので実態が伴っていないのだ。──

「…とにかく、金の話はもうするな。作戦の細部を詰めよう」

部長が話を戻した。


「まとめるぞ、まずは笹嶋のT-72とウチのBMPを先頭にスラム入り口まで前進。

その際に抵抗が有れば両車両の主砲および機関銃で排除する。

その後、敵武装難民の占拠する建物一つずつ制圧する。

T-72は制圧の終わった区画を長岡のチームの随伴を受けて前進する。

手間はかかるが確実だ。

敵の存在が遠距離から確認された分については藤山の自走砲に砲撃させる」

「了解した」「了解だ」「よくってよ」

「では、明日の放課後にまた。チーム内でもよく話し合っておいてくれよ」

部長が立ち上がった。

「議事録は要るかい?」

藤山が冗談を言った。

「いらん」「いらん」「結構よ」



──次の日の放課後

「戦車前進!」「PP、T-72と並んで前進」

「よし、BMPの陰に入って前進するぞ、長岡のチームはT-72の陰に入れ!」

「総合民間警備部よ!」

「…総合民間警備部はT-72の陰に入れ!」


「いつもながら、あそこの部長って変な奴だよな」

ストレロクがチーム内無線で言った。

「いつもああなの?」

新入りが聞き返す。

「新入りは組むのが初めてだったな。

まぁ…変なやつだけど部長の腕はいいよ、チームはへぼだけど」

「ヘボなんだ…」

「新入りはあの部長と話さないほうがいいかもね~…」

メガネが言った。


「こちら笹嶋、スラム街から銃撃を確認!」

「わかってるよ!笹嶋、ストレロク、主砲で応射しろ!」

「こちらストレロク、BMPの主砲じゃ弾の無駄だと思うよ。もっと近づかないと」

「BMP-1はこれだから駄目だ!私に任しときな!」

「ちょっと私のBMPをバカにしないでよ」

「砲撃で建物ごと吹き飛ばすのはどうか?」

藤山が問いかける

「そうだな、笹嶋、ストレロク、敵の数は?」

「任せとけって!耳塞いでな!」「数は大したことない、自走砲を撃つまでも…」

「新入り!耳塞げ!」「笹嶋少し待て…!」「ちょっと!?撃つんですの!?」

「主砲発射、テェッ!」

ほとんど準備のできていなかった随伴部隊は、T-72の主砲発射の衝撃に揺さぶられた。


「人の話を、聞けッ!」

部長がインカムに怒鳴った。

「ッ!」「部長!うるさい!」

耳が無事なストレロクとPPは怒鳴られ損だった。


「あの笹嶋って人も変な人なの?」

「えっ?新入り、なにか言ってる?全然聞こえないよ~」

「最悪ですわ・・・」


T-72の主砲弾はスラムの薄い壁を貫通して建物内で爆発したらしかった。

榴弾が建物内に居た武装難民を消し飛ばし、内側からめくれ上がるように外壁が崩壊した。


「部長、正面外周付近の敵はいなくなった」

トタン造りの街並みの一角が見事に吹き飛んだのを確認したストレロクが報告する。

「了解…」

部長が答える。


しばらくしてスラム街の入り口にたどり着いた。

「ここからが本番だぞ、BMPは外周に沿って移動しつつ反対側へ回れ。

逃げてくる敵を見つけたら排除しろ」

「了解」

「よし、あたしらが建物をクリアリングするから、その後からT-72と…総合民間警備部はついてきな!」

「了解」「了解ですわ」


スラムの低層家屋の入り口の前で部長とメガネがフォーメーションを組む。

新入りはCZ75を持って窓からバックアップする。

「3、2、1、突入!」

「カラだ!」「よし、次!」

素早く家屋内をクリアリングしまた次の家屋へと走っていく。


「ごくろうさん…」

キューポラから、クリアリングを繰り返す部員たちを見ながら笹嶋は呑気に言った。


「わたくしですわ、中央付近のビルの廃墟は自走砲で壊しておいたほうがいいのでなくて?」

「…アレか、確かにあそこを潰しておけば高所から撃たれることはないな、よし、各自砲撃に備えろ。藤山、出番だぞ」

「出番が無いままかと思ってたよ。頭を下げてろ」

「トタン小屋に近づきすぎるなよ、爆風で崩れるかもしれねぇ」

「ふぅ、言わないほうが良かったかもしれませんわ」

地面に伏せて、ロングヘアが土に汚れた長岡が言った。


「こちら藤山、弾着まで約20秒」

「弾着、今」

砲弾が着弾した0.5秒後には爆発が発生し街の中央付近、かつては栄えていただろう大型商業ビルの半分が瓦礫の山と化した。

砂煙が収まって視界がひらけてきた時にその光景を目にした部長はただ冷静に言った。

「もう一発要るな、すぐ東にもう一発撃ち込んでくれ」

「精密誘導弾じゃないんだぞ」

藤山が悪態をついた。


「はやくお風呂に入りたいですわ~!」

「部長、なんで今日もお化粧しちゃったんですか!」

「いつもお化粧しているのに今日だけすっぴんなんて嫌ですわ~!」

長岡とチームメイトが雑談をしている。

(変な人だ…)

新入りは自分のことを棚に上げてそう思った。

ふと前方で何かが光った気がした…。


「ミサイルだ!」

部長が叫んだ。

奥に見える廃墟の壁を対戦車ミサイルの噴射炎が照らしている。

「全員遮蔽物の陰へ!戦車から離れろ!」

「笹嶋さん!ビルを撃って!」

部長とメガネが叫んでいる。

新入りはとっさに駆け出して廃墟の陰へと飛び込んだ。

「藤山だ!どうなってる!?」


爆発音が二度響く、T-72はミサイルの直撃を受けたが、

命中する前にビルに向かって砲撃したのだった。

「笹嶋ッ!無事か!?」

部長がインカムに叫ぶ。

「あぁ、無事だよ。爆発反応装甲ERAに当たったらしい…

キャタピラが切れてないかが心配だ。見てくれないか」

「運のいいやつだよ、お前は!今確認する……」

「部長!長岡さんたちが!」

メガネが悲鳴のような声で叫ぶ。


ミサイルとERAの爆発に巻き込まれた長岡とそのチームメイトが出血し倒れていた。

「長岡!ぁ…新入り!周囲を警戒しろ!」

「りょ、了解!」


「長岡さん死なないで!」「小林さんも頑張って!今止血するから!」

T-72の後ろ側に展開していたチームメイトが長岡たちに走り寄っている。


「藤山だ…砲撃は必要か…?」

「こちらストレロク、

先程スラムから脱出するトラックを発見…撃破しました…

そちらと合流して負傷者を収容しますか…?」

「あぁ…あぁ…そうしてくれ…」

部長が力なく答える。


長岡たちの元へ部長が近づき声をかけた。

「すぐにBMPが来る、兵員室に二人を乗せてお前たちも一緒に撤退しろ、残りの掃除は、私達がやる…」



──部室棟会議室

「知っての通り、長岡は病院の中だが、バイトは終わった。

報酬を分配しよう。長岡の分は後であたしが届ける…」

「…」「…」

「ほら、お前らの分だ」

「…ありがとうよ」

「…ふむ…砲弾代と足代にしちゃ少し多すぎるな」

藤山は札束を数えると三分の一を部長に渡した。

「長岡たちの見舞金だ、たしにしてくれ」

「藤山…」

「私もそうしてやりたいけど、修理費とERAの新調で余裕が無いんだ…」

笹嶋が後ろめたそうに言った。

「すまない…」

「気を落とすなよ。この貸しはいつか返してくれ」

そう言って藤山は会議室を出ていった。

「なぁ、次はよ、平原で撃ち合うようなド派手なやつを一緒にやろうぜ」

なんとも不器用な励まし方をして笹嶋も会議室を出ていった…。



──病室

「みっともないところを見せてしまいましたわね」

長岡が体を起こしながら言った。

「案外…元気そうだ…良かったよ」

「お見舞いに来てくださったの」

「ほら、お前の取り分だ」

部長が報酬を差し出した。

「あら?多すぎませんこと?」

「藤山とあたしからの見舞いだよ」

「…まぁ…!」



──部室

大仕事の後にしては静けさの漂う部室で、メガネが皆を励ますように言った。

「悲しいことも有ったけど…お金はたくさんもらえるよね…!」

「こいつ、私達が死んでも取り分が増えたことを喜ぶんじゃないか?」

ストレロクが言った。

「兵員室が血で汚れちゃったよ」

PPが兵員室の床を掃除しながら言った。

「…私ソロの傭兵に戻ろうかなぁ…」

ストレロクは頭を抱えてしまった。

新入りはただ俯いていた。


「よぉ…」

「あ、部長…」

部室に入ってきた部長に新入りが声をかける。

「報酬の時間だ~!」

メガネが歓声を上げる。

「あ……?あぁ……ほら……」

部長がメガネの取り分を差し出す。

「私、やっぱりソロに戻ろうかなぁ…」

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