第2話『野次馬』

廃墟の街の道路を縫うように、一台の歩兵戦闘車『BMP-1』が軽快に走り抜ける。

その上には銃で武装した、しかし危機感を感じさせない女子高生が3人乗っていた。

「今日の放課後、昨日墜落したっていう輸送機見に行かない!?」

メガネが切り出した。

「どうせ積荷目当てだろ?焼けちまってダメになってるんじゃないか?」

胡散臭いものを見る目をして、部長はタバコをくゆらせながら答えた。

「でもでも、もし金塊なんかを積んでたら~」

「積んでるわけねぇだろ」

「まぁ良いんじゃない?どうせすることもないし」

インカムを通してBMPの運転席に座るPPが言った。

「新入りちゃんはどうする?」

メガネは振り返って聞いた。

「みんなが行くなら行く」

「行く流れかよ。しゃーねーな」

部長はタバコをBMPの装甲に押し付けながら言った。


──放課後

「さっさと行って帰ってくるぞ、正規軍が出てくると面倒だ」

相変わらず気乗りしない様子で部長は言った。

「正規軍なんてもう2,3日は来ないんじゃないの」

「落ちたのは民間の輸送機みたいだしね」

PPとストレロクが返答する。

「せめてこいつのガス代ぐらいは拾えないかなぁ」

「どうせ燃えカスしか無いって言ってんだろ」

「まぁまぁ、そんな大きな灰を見る機会なんてそうはないよ!」

浮ついた声でメガネは言った。

「そんなに灰が見たけりゃこのタバコを目に押し付けてやろうか?」



──東校生徒会室

「ということで…墜落した輸送機の調査のために、

貴校の学区への部隊展開を許可していただきたい」

西校から来た生徒会役員は事の経緯と来訪の理由を説明した。

「こちらの生徒会の同行を認めるというのなら、我々も異存はない。

もちろん指示には従ってもらいます」

東校の生徒会長は答えた。

「そちらの学区内のことですから、当然ですね」

「よろしい、護衛は必要か?」

「いえ、連れてきています。そちらの同行者が搭乗次第、ヘリも離陸できます」

「わかった。藤崎、行ってくれるか?」

「了解いたしました、生徒会長」

東校の生徒会役員の一人が返答をした。



──輸送機の墜落現場

墜落現場に横たわる輸送機は、

地面に頭から突っ込んだ形でコクピットから胴体中程の下半分までが潰れていたが、

墜落した航空機としては原型をとどめていると言える状態だった。

「良かった!燃えてもバラバラでもない!」

「ほー、よく残ってたもんだ…」

「早速積荷を調べなきゃ!」

メガネは停車したBMPから飛び降りて機体後部の貨物室へ走り寄っていった。

「崩れるかもしれないから気をつけろよ。

あたしらは外で待ってるから。」


ふと新入りの方を振り返り部長は言った。

「それとも新入り、あんたも入りたい?」

「いい」

新入りは墜落機には興味を示さずに周囲をスコープで確認しながら返答した。



──15分後

「ヘリの音?」

新入りが頭を上げながら呟いた。

「ただの野次馬にしちゃ豪華だね」

「まさかもう正規軍が!?」

PPが退避のためにBMPのエンジンを再始動しながら叫んだ。

「機種はUH-60、西校の校章がついてる」

スコープ越しにヘリを確認した新入りが報告する。

「やべぇぞ!メガネ!早く戻ってこい!!」



──UH-60機内

「あの生徒とBMPはそちらが派遣した警備ですか?」

西校の生徒会役員は同乗した藤崎に鋭い目を向けながら尋ねた。

「はぁ、あのバカども……いえ、野次馬でしょう」

藤崎はため息を付きながら答えた。



「アタッシュケースはっけーん、中は金塊か札束かな~」

「あれ?みんなどうしたの?」

メガネが手にアタッシュケースをもって墜落機の残骸から這い出てきた。

「バカ!早くずらかるんだよ!」

開け放たれたBMPの後部ドアから部長が手招きする。



「…輸送機から出てきた生徒がアタッシュケースを持っています」

UH-60のパイロットが報告した。

「あの輸送機はわが校の輸送機であり、もちろんその積み荷もわが校の財産です。

返還していただかないと困ります」

棘のある言い方で西校の生徒会役員が言った。

「もちろんです。ですが、我が校の学区内で、

そちらが権限を行使することを容認はできません。

ここは、こちらの生徒会と風紀委員の管轄です」

「では、ただちに行動していただきたいものですね」

西校の生徒会役員はそう冷たく言った。



「あのヘリ追ってくるぞ!」

「怒られるのは嫌だからさっさと撒いちゃって~」

BMPの兵員室でアタッシュケースのロックと格闘しながらメガネはあくまで気軽に言い放つ。

「近くの森に入れば撒けるだろうけど、出る時にまた見つかるよ」

ペリスコープでヘリを監視するストレロクが言った。

「でもでも、さっきの話だと西校のヘリなんだよね?

なんでこっちの学区にそんなのが飛んでるの?」

メガネが当然の疑問を口にした。

「非公然作戦でも、生徒会と話が通ってるにしても、ヤバイことに変わりはねぇ」

部長は手元のAK-74に実弾を装填しながら答えた。

「非公然作戦じゃないほうが良いなぁ…」

PPのぼやきがインカムを通して全員の耳に入った…。



「前方の森林へ向かっています。追跡から身を隠すつもりかと」

UH-60のパイロットが再び報告する。

一方、藤崎は広域無線機で通話していた。

「風紀委員か?生徒会の藤崎だ、そうだ、風紀委員を展開させてくれ。

なに?もう殆どが帰宅している?招集までの時間は?」

「……」

その様子を西校の生徒会役員は無言で見つめている。

「そうだ、BMP一台と生徒数名、我が校の生徒と思われる。

墜落現場近くの森を包囲しろ」

「時間がかかりそうですね?

こちらの生徒を降ろして"捜索に協力"いたしましょうか?」

わざとらしく"捜索に協力"の部分を強調しながら、西校の生徒会役員は言った。

「いくらバカでも、ヘリが飛んでいるのに森から出たりはしないでしょう。

包囲さえすれば、それで終わりです」

「いいですか、その間に積荷を隠されたりしたら困るのです。

…あなた方の不始末ですよ、わかっていますか?」

「…」

「もちろん平和的に解決するつもりです。相手にその気があれば」



「相手がサーマルでも持ってなければ、これで見失ったと思うけど」

BMPを手頃な木々と稜線の影へつけたPPは、エンジンを切りながら言った。

「今のうちにこのケース開けちゃお!」

「…どう考えてもそれのせいだよな」

「やっぱり金塊!それか札束!」

「お前それしかねぇのかよ!」

まだ見ぬ宝物に目を輝かせるメガネと対称的に苛立たしげな部長の声が響く。

「…ヘリが降下してる」

砲塔のハッチから身を乗り出したストレロクが報告する。

「ゲッ、乗員を下ろすのか?」

「多分…」

「どうする?エンジンかけたら音で見つかるよ?」

「森の中で戦うならBMPが有る分こっちが有利か…?」

「戦うの?」

「出方次第だな…

メガネのバカはケース開けるのに夢中だしよ。

おい新入り、一緒に外に出て警戒するぞ」

「わかった」



着陸したUH-60のサイドから三人の西校生徒が腰をかがめながら降り立った。

回転するローターを避けながら、LZから森の奥へと進んでいく。

「地上班の展開終了、離陸します」

「やってくれ」

パイロットとの会話を終えた西校の生徒会役員に藤崎が話しかけた。

「とにかく、行うのは捜索まで、

交戦を避けるために直接の干渉は控えるようにお願いしたい」

「わかっています、こちらもこれ以上事態が複雑化することは避けたい」

「こちらの風紀委員が到着するまでは1時間ほどです…ヘリの残り燃料は」

「1時間はとても持ちませんよ!一度給油に戻らないと」

パイロットが声を荒げて会話に割り込んだ。

「地上班へ、当機は一旦給油に戻ります、

あくまでも交戦は避けて、BMPの捜索と監視に専念してください」

UH-60は西校の地上班を残して飛び去っていった。



「ヘリが遠ざかっていく」

新入りが報告した。

「罠かもしれない、迂闊に動けないぞ」

ストレロクが警告する。

「エンジンをかけたらさっき降りた連中に聞かれる、PP、動くなよ」

部長も同調して様子をうかがうことにしたのだった。



──30分後

「隊長、捜索対象を見つけました、BMP-1と、付近に歩哨です」

「よし、よくやった。ん?あいつは…!」

(この前の射撃大会で私に勝った一年生…!?)

人格面というよりも、戦闘能力の優秀さから護衛に選ばれた西校地上班隊長にとっては、その自らの能力を上回る下級生というのは許しがたい存在であった。

おまけにその相手は墜落機から貨物を奪うような下劣な輩であるということは

なおのこと怒りに油を注ぐ結果になった。

「隊長?どうかしましたか?」

「お前たちは手を出すな、私はあいつに用がある」

「隊長、命令違反になります」

「身体には当てんさ、黙っていろ。」

西校の隊長は静かに自分のM4カービンを構えた…



「撃ってきた」「撃ってきた!?」

新入りと部長が同時に声を上げる。

「わー!非正規作戦の方だったー!?もう終わりだー!」

PPは運転席で涙目になりながら叫んでいた。

「エンジンかけろ!援護射撃する!」

ストレロクがPPに呼びかけながら砲塔のハンドルを握った。

「無線機のケーブルが切れた…いや、狙って当ててきた…?」

新入りのインカムと無線機の間のケーブルは一発の銃弾で見事に切断されていた。

「新入り!無事か!?」



「BMP-1、エンジン始動!砲塔動作を確認!」

西校地上班隊員が叫ぶ。

「隊長!まずいですよ!」

「相手がその気ならちょうどいい、実戦でどちらが上か思い知らせてやる」

狂気の色を伺わせながら西校の隊長はそう嘯くのだった。



──数分後、UH-60機内

「こちら風紀委員、現着しましたが、散発的に撃ち合っているようです。

どうしますか?」

「交戦しているのか!?」

給油を終え再び現場上空に到着したUH-60の機内では、

地上の東校風紀委員と藤崎が無線越しに交信していた。

「…どういうことですか」

当惑と怒りをあらわに、藤崎は西校の生徒会役員を詰問した。

「どちらが先に発砲したかわからない以上…こちらとしてもなんとも…」

西校の生徒会役員にも先程までの余裕のある態度は無かった。

目線は泳ぎ、冷や汗をかく。

ヘリが現場を離れている間、地上班との連絡はまったく取れなかったのだから

彼女にとっても完全に寝耳に水の出来事なのである。

「とにかく停戦させます。

風紀委員、BMPを先頭に前進し介入しろ。死傷者が出る前に戦闘を中止させろ!」

埒が明かないことを悟った藤崎は地上の風紀委員に命令を下した。

「了解」

風紀委員の現場部隊隊長は返答し、

指揮下の風紀委員に命令する。

「BMPを先頭に前進だ!!馬鹿騒ぎをやめさせるぞ!」



双方ともどこか遠慮がちな射撃を行いながら対峙する中へ、

突如として、2両のBMP-2に率いられた東校風紀委員の部隊が楔のようにして雪崩込みながら叫んだ。

「東校風紀委員だ!双方武器をおろせ!」

「風紀委員!?」

「た、助かったー」

PPが安堵の歓声を上げた。

「隊長…」

「わかっている…!」

バツの悪い顔で西校の地上班も銃を降ろした。



──東校生徒会室

「今回は最悪の事態は免れたものの、

そもそもあなた達が墜落機に侵入し積荷を窃盗しなければ…」

藤崎からの説教を各々聞き流しながら長い時間が経った。

説教する側も、説教される側も、

無意味な何らかの儀式だと思っているかのようなフシがある。

実際、体面のために必要な儀式ではあったし、

この程度のことは日常茶飯事でもあった。

流石に西校との直接対決という点は少々珍しく危険なものであったので、

普段の"儀式"よりは長い時間がかかったのであるが…。


「あー、やっと説教が終わった…帰って寝よ…」

ヘリが現れてから緊張し続けていた身体をひねり、部長はため息を付いた。

「部長」

新入りが隣を歩く部長に話しかける

「お?どうした?」

「楽しい部ですね」

新入りから、相変わらず感情の伺えない抑揚のない声で、

しかしどうも本心からの言葉らしいものが放たれた。

「あ?お前正気か?」

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