思い出のおもちゃ屋さん
LeeArgent
第1話
茹だるような夏の暑さの中、早苗は坂道を登っていた。
突然の引っ越しを親から知らされ、早苗は泣きたい気持ちでいっぱいだった。親の仕事の都合とはいえ、小学五年生の早苗は納得できない。故郷の友達と別れるのは嫌だったし、引っ越し先で新しい友達を作れる自信はない。親との話の途中で、気づけば家を飛び出していた。
坂道を登りきり、いつもは入らない小道に入る。家壁の影に覆われた道は、ひんやりと心地よかった。
珍しい物が目に入り、早苗は顔を動かした。古びた玩具屋のショーウィンドウに、人形が飾られていたのだ。
桃色の頬に、豪華なドレス。球体関節の少女の人形に惹かれ、早苗は玩具屋の扉を開けた。
カラカラとベルが鳴る。するとすぐに、店の奥から店主のお爺さんが姿を現した。優しい瞳を細めて笑みを浮かべる。
「いらっしゃい。何かお探しかな」
早苗は、そろそろと店の中へ入る。そこには、沢山の玩具が並べられていた。
木で作られた剣玉、野球のボードゲーム、昔見たことがある、海賊が樽に入った玩具……最近人気のテレビゲームはなかったが、昔懐かしいおもちゃは揃っていた。
早苗の視線は人形に戻る。人形は店の外を見つめ、微笑んでいる。
「人形が気に入ったかい」
「うん、すごく可愛いね」
しかし値札を見て驚いた。値札は、五が一つと零が四つ。
「値段のせいで買って貰えないのは、おもちゃ屋としては寂しいね」
「安くすればいいのに。ならすぐに買ってもらえるよ」
「とても貴重なものなんだよ。目一杯安くして、この値段なのさ」
早苗は財布を覗き込む。しかし、お金は全然足りなかった。
「他に気に入るものを探してあげよう」
店主は言って、二つのパーツでできた竹細工を取り出した。店主は店の外へ出て、竹細工を両手で挟むと、手を擦り合わせた。
竹蜻蛉は羽を回し、高く舞い上がる。
テレビゲームばかりで遊んでいる早苗には、それはとても珍しいものだった。目をキラキラさせて、竹蜻蛉を追い掛ける。落ちてくるそれを両手で受け止めると、店主を振り返った。
「やってごらん」
早苗は店主の真似をして、手を擦り合わせた。先程と同じように、竹蜻蛉は青空へ高く飛んだ。
「これすごい!」
「これも凄いぞ」
店主は、次にコマを握った。縄をコマに巻き付けると、アスファルトの道路に向かってコマを滑らせた。縄が手元に残り、コマは地面でグルグル回る。塗装された模様が回る様子はとても綺麗だ。
「昔は、コマ同士をぶつけて戦わせたりして遊んだんだよ」
「どうなったら勝ちなの?」
「先に止まった方が負けさ」
早苗は、昔の遊びが知りたくてたまらなくて、店主に問いかけた。
「他にはあるの?」
「女の子の遊びなら、おはじきだね。おいで」
今度は店の中へ入る。
店主はカウンターに椅子を二脚並べて、カウンターにおはじきを並べた。
透明なそれは、照明の光に照らされてキラキラ輝いていた。
「バラバラに広げたおはじき同士をぶつけて、こうしたら自分のもの。沢山持っている方が勝ちだよ」
店主は、おはじきを指で弾き、別のおはじきにぶつける。ぶつかった2つの間に広がった隙間を指でなぞり、指がおはじきにぶつからなければ、それを反対の手に握った。
早苗もそれを真似て、おはじきを指で弾く。最初は空振りしたり取れなかったりするが、遊ぶうちにどんどん上達していく。
おはじきが机からなくなる頃には、早苗が一つ多く自分のものにしていた。
「おじいちゃん、もう一回。もう一回やろう」
早苗は言って、握ったおはじきをまた机に広げた。同じように、おはじきをぶつけ合い、線を引いて拾っていく。
二回目も早苗が優勢だ。
「こんなとこにおもちゃ屋さんがあるなんて知らなかった」
早苗はおはじき遊びをしながら店主に言う。
「古いお店でね。おじいちゃんのお父さんが作ったお店なんだ」
「そうなんだ。私、毎日来たいな」
店主は嬉しそうに笑った。
「ぜひ来て欲しいな。最近はお客さんも少ないから」
早苗は笑う。寂しそうに。
「ううん、もう来れないの」
「そっか」
店主も寂しそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます