西の館の第3王子は底辺メイドとの日常生活をこよなく愛す

世界三大〇〇

第3王子の日常

遠乗り

第1話 朝はまったりできない

 5月12日、時刻は午前4時50分。まだ太陽が昇ってもいないとき。

自室の寝台。身体の揺れと誰かの声を感じ、目を覚ます。


「おはようございます、ご主人様。早朝礼拝のおーじかーん、ですよーっ!」

 その言いまわし……シャルのようだ。

整った顔立ちで長髪を靡かせる姿は中性的で頂点級の美しさ。

だというのにいつもだらしない。

埃まみれのパジャマともメイド服ともいえない服装をしている。

昨日は僕を出迎えずに昼まで寝ていた。ぐうたらで朝寝坊な底辺メイドだ。


 初日からシャルに起こされるだなんて、屈辱的だ。

疲れがたまってて、本当は寝ていたいけど我慢して起きる。

シャルよりも朝の遅い寝坊助と思われたくはないし、

礼拝をサボるような不作法者と思われるのはもっといやだ。


「10分後に正面玄関集合です。お着替えは?」

「自分でやるから、置いといて」

 目を擦りながら精一杯に強がり、無愛想に言う。


「はい。それでご主人様、礼拝のあとに遠乗りなどいかがでしょう」

「遠乗り?」

 聞き直す僕にシャルは目を輝かせる。底辺メイドだが見た目だけは頂点級。

ようやく昇りはじめた太陽の光に、若く溌剌とした表情がより華やいで見える。

瞳を大きく潤ませ、ぐぐぐっと僕のパーソナルスペースに入り込む。


 ちっ、近い。密になっているせいか、顔が熱くなるのを感じる。

そう無防備に近付かれたら、勘違いしてしまうよ。

僕だって年頃の男の子だってことを忘れないでほしい。


「はい。ペカリンが運動不足のせいでイライラ気味なのですよ」

 僕は、シャルが器量好しのせいでムラムラ気味なのですが。

それをなんとか隠す。


 いつもだらしないシャルだけど、誰にも真似のできない特技がある。

馬や犬などの動物とはなしができることだ。ペカリンの運動不足は本当だろう。


 だけど、直ぐに『行こう』とは言わない。言いたくない。

ムラムラの仕返しに、シャルを少し困らせようと思う。引き延ばし作戦だ!


「ペカリン、昨日は荷物を運んだり爆弾を蹴ったり、運動量多かったけど……」

「……はい……ですが、ペカリンが……」

 言いながら顔を近付けるシャル。ほんの少し手を伸ばせば触れてしまう。

速まる鼓動。ドクンドクンが、どんどん大きくなる。

それがバレないようにと、シャルの言葉を遮る。


「……もしかしたら、反対に疲れているのかもしれないだろう……」

 言ってもシャルは諦めない。瞳をさらに大きく潤ませ、さらに近付いてくる。


「馬は……親愛する主人を背にすると、思いっきり走りたい生き物なのですよ!」

 男は……愛らしいメイドを眼前にすると、思いっきり抱きしめたい生き物だ。

シャルが愛おしい。ギュッとしたい。でも、抱きしめるなんてできない。

シャルの主人として、一時の色香に惑わされては絶対にダメだーっ!


 もう、限界だ。これ以上の引き延ばしは自殺行為。こっちがおかしくなる。


 声が裏返らないように、慎重に言い進めるが……

「分かったよ……君が言うなら……間違いない……遠乗りに行く……よぅう……」

と、最後は見事に裏返る。シャルがそれに気付いたかどうかは不明。

確かめる間も無く、シャルが僕に抱きついてきたから。

僕はバンザイの格好で、ベッドに寝転がる。


「ありがとうございます、ご主人様。ボクの言葉を信じてくださいました」

 ずっと手に触れるのを躊躇っていた僕だけど、じっと我慢していたら、

シャルの方からやってきた。それはやわらかくて、やわらかくて、やわらかい。

他に表現するならば、息ができないほど苦しいということ……だ……。




 真っ暗闇の中。遠くから声が聞こえる。昨日と同じしわがれた男の人の声。


「おーい、トールやーっ。トールやーっ!」

 誰ですか? という言葉が出ない。かといって、恐怖心は微塵もない。

ただただ懐かしさと、守護されているような安心感を覚える。


「トールやーっ。大切なものは見つかったかー」

 何のことだろう……全く意味が分からない。

だけど僕は、こくりと頷いた。大切なもの、それは……。




 しわがれた声に、シャルの声が重なる。

次第にシャルの声が大きくなり、しわがれた声は聞こえなくなる。

僕はいつのまにか眠っていたようだが、シャルの声に起こされた。


「ご、ご主人様! 2度寝はダメですよ。早朝礼拝ですよーっ!」

 いや、今、死にかけていたんだと思うぞ。

それもキュン死なんていうきれいなものじゃない。窒息だ!


「シャルがいけない。急に抱きつくんだから」

「ごめんなさい。今度からは言ってからにしますね!」

 そういう問題ではないんだけど……。


 シャルは安心したのか用が済んだのか、そそくさとドアの向こうへ消える。

その途中に見せた笑顔に息を呑む。今度は危うくキュン死するところだった。

シャルのおはようは危険がいっぱいだ。



 着替えて正面玄関に到着。

既にシャルを除く6人のメイドが揃っている。

そこへ、2頭の馬を連れてシャルがやってくる。

僕の愛馬のペカリンと、この館に古くからいるサバダバ。


 エミーがマントを差し出しながら、いつになくぶっきらぼうに言う。


「あー、これを。8時までには絶対に戻ってください」

「分かっているさ。僕にだってやることがあるしね!」

 マントとは大袈裟な。ちょっと遠乗りに出るくらいなのに。


 戻ったら、領地の視察、騎士団の編成、木造の館の保守……。

これからのことをいろいろと計画しないといけない。

特に急ぎなのが石造りの館の改修プランの立案だ。

昨日の事件で湧き出た温泉をどうにかしないといけない。


 忙しいのは分かっているけど、僕にだって息抜きが必要だ。

エミーには悪いが、遠乗りは思いっきり楽しませてもらうことにする。

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