第66話 リア・クラークはレックス・スタウトから逃げようとしたが、ドロシーに阻まれる
「リア。手紙を渡したあの人、こっちに来るよ……っ」
ドロシーが弾んだ声音で言う。見てたからわかってる……っ。
どうしよう!? 逃げよう!!
私は器に少し残ったシチューをパンでこそげとって綺麗に食べて立ち上がる。
「リア。どこに行くの?」
「食べ終わったら片づけないとっ」
「片づけなんて、後でいいじゃない。あのかっこいい人と話した方が楽しいよ」
私は楽しくない!!
でも、今、ネルシア学院で唯一の女友達のドロシーを振り切ってまで、自分の意志を通す勇気もない……。
私はのろのろと椅子に座り直す。
当たり障りのない話をすれば、大丈夫。きっと大丈夫。
「あっちにいる金髪の人も、リアのこと見てるよ。リア、人気だねっ」
「ドロシーは楽しそうだね……」
「楽しいよー。だって、村にはかっこいい人って全然いなかったし。ネルシア学院って綺麗な顔をした人が多いなあって思うよ」
ドロシーと話していると、私を医務室に運んでくれた焦げ茶色の髪と目をした精悍な顔立ちの少年がやってきた。
何しに来たんですか……? お礼の手紙は、読んだら捨ててくれてもよかったんですよ。
「リア・クラーク嬢」
彼は、私にそう呼びかけた。
迷惑少年『おおのしょう』と違って、とても礼儀正しい。
「手紙を読ませていただきました。リア嬢は『ネルシア中級語』や『ネルシア上級語』を使いこなしているのですね。勉強家でいらっしゃる」
彼は、にこやかにそう言った。
やっぱり怪しい子だと思われてるー!! カタカナだけで手紙を書けばよかった!!
「リア、そうなの? というか『リアジョー』ってなんですか? リアは『リアジョー』じゃなくて『リア』だと思うんですけど」
ドロシーが、私を助けてくれた彼に言う。
彼は苦笑して口を開いた。
「『リア嬢』というのは、いえ、では『リアさん』と呼ばせていただいても構いませんか?」
私は彼の言葉に肯いた。
『リア嬢』と呼ばれるのは、お嬢様気分を味わえて素敵だけど、ドロシーに『リアジョー』という名前だと思われてしまうのは困るし、モヤる。
「リアさんは、ローランド様とはどちらで知り合ったのですか?」
「ネルシア学院で会っただけです。あの人、人違いをしてると思うんです。あなたからも、あの人に、私に話しかけないように言ってもらえませんか?」
私はこの世界で『リア・クラーク』として生きていきたいから、元の世界に帰りたがってるっぽい迷惑少年『おおのしょう』とは距離を置きたい。
彼は迷惑少年『おおのしょう』をちらっと見てから、私に視線を戻して口を開く。
「でも、ローランド様はリア嬢が『ネルシア中級語』や『ネルシア上級語』を使いこなしているのを、当然だと話していましたよ」
『おおのしょう』は転生前の知識で会話をしすぎ!!
日本の中学一年生の記憶があるから、ひらがなと漢字をマスターしてる前提で話すとか、うかつにも程がある!!
私は、漢字とひらがなでお礼の手紙を書いた自分のことを棚に上げて『おおのしょう』を睨んだ。
『おおのしょう』を睨んだ私を見て、彼は厳しい表情を浮かべ、口を開いた。
「やはり、リアさんはローランド様をご存知のようですね」
「知らないですっ。知らない人が、私を知った風に言うのが嫌だなって思ったんですっ」
「リアさんは、ネルシア学院で生徒同士の話が食い違った時の解決方法をご存知ですか?」
いきなり話題が変わった。
私は彼の言葉に戸惑い、ドロシーに視線を向ける。
「私は知らないけど、ドロシーは知ってる?」
「知らない。強く言い張った方の言ってることが通るんじゃないの?」
ドロシーの村は、弱肉強食らしい。怖い。
「ネルシア学院の生徒会に、手数料を支払って申し立てをするんです。俺はリアさんとローランド様が知り合いだと思うし、ローランド様に仕える者として、あなたたちの関係を知りたいと思っています。生徒会に申し立てをしておきますので、召喚状……呼び出しの手紙が届いたら、ご協力をお願いします」
「私、知らないって言ってますよね!? なんで信じてくれないの!?」
「リアさんがローランド様と『ネルシア学院に入学する前に会っていない』ことが証明されたら、あなたに謝罪します。それでは失礼します」
彼は穏やかな声音で言いたいことだけ言って、去って行った。
あの人の足が長いのが、めちゃくちゃ腹立つんですけど……。
「リア。呼び出しの手紙が届いたら教えて。あたしも一緒に行くからねっ」
「手紙が来ても無視したい……」
迷惑少年『おおのしょう』と一緒にいる彼は、迷惑な人だった。
私、なんで購買で倒れちゃったんだろう。
後悔しても、もう遅い……。
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