バッドモーニングトキオシェルター
みらいつりびと
第1話 バッドモーニングトキオシェルター
目覚めたのは僕ひとりだけだった。
2000個の冬眠カプセルが並んでいるトキオシェルター。
天井はドーム型。
僕は咳き込みながら、よろよろとゲル状の液体から這い出した。
足の筋肉がこわばっていてうまく立てず、しりもちをついた。背中をカプセルに預ける。
人の気配がない。
ずいぶんと長い間そうして休んでから、やっとの思いで立ち上がり、周りを見渡したが、誰もいなかった。いままでに目覚めたのは僕だけなのだろうか。
戦争が不可避となってから急造されたトキオシェルター。そしてまともに作動するのか誰も確信できなかった冬眠カプセル。僕は奇妙な事情によってそこに入り、再び目覚めることができるかわからない眠りについた。
いま僕は起きた。これは幸運なのか不運なのか。
「グッドモーニングトキオシェルター」と言いたいところだが、覚醒したのが僕だけとなると、話は別だ。これでは「バッドモーニング」だ。
「だれ……か……」
声帯がくしゃっと丸めたアルミホイルみたいになっていて、うまく声が出せなかった。
「だ……れか……いませんか……」
返事はなかった。
戦争は本当に起こったのだろうか。
地上は予測されていたように焦土となり、人類は僕を残して滅びたのだろうか。
疑問が次々と浮かびあがる。
冬眠カプセルは不完全で、他に生きている人はいないのだろうか。
もしそうなら寂し過ぎる。
カプセルには外部から覚醒させるようなボタンはついていない。
ほぼ100年後に目覚めるように設定されただけで、ときが来れば各々が起きてくる。それだけだ。
青と赤のライトがついていて、青なら生存、赤なら死亡といったわかりやすい装置も付いていない。
いまが眠りについてから100年後なのかもわからない。もしかしたらたったの25年後かもしれないし、300年後なのかもしれない。
僕は隣のカプセルを見た。そこには恋人だった江口エリが眠っている。ゲルでぼやけてよく見えないが、垂れ目がかわいいエリがそこにいる。生きているか死んでいるのかわからない。
僕は祈った。
生きていてくれ。
早く起きてくれ。
エリを何時間も見つめていた。
腹の虫が鳴り、猛烈な渇きを感じた。
僕は冬眠カプセルが並ぶ大広間をよろけながら歩き、食糧庫をめざした。
食糧庫の手前に、元カノが眠るカプセルがあった。根室ネネ。吊り目で勝ち気な美少女。あまりにも愛が重くて、僕は彼女から逃げた。彼女も2000人のうちのひとりに選ばれてここにいる。
僕の名は春歌ハル。17歳。117歳と言うべきかもしれない。
食糧庫の中に入った。井戸水と食糧がたっぷりとある。井戸のポンプを作動させ、心ゆくまで水を飲んだ。
握力が落ちていて、缶詰を開けるのは大変だった。やっとの思いで缶切りを使い、ツナを食べた。お粥が食べたかったが、なかった。
エリ、起きてくれ。
他の誰でもいい、起きてくれ。
ネネ、きみだけは起きないでくれ!
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