本当だから仕方がない

 咲さんからのLINEに、何か言い訳しようと思ったけど何も思いつかない。大きな駅中をひっくり返すような騒ぎの中、俺は咲さんのそばにいることじゃなくて、千歳のそばに行くことを選んだのは事実だから。

 咲さんからまたLINEが来た。


「和泉さんが行って割とすぐ事態が収束したから、和泉さんが必要な事態だったのは事実なんでしょう。でも、私と別れた時そう言いませんでしたよね? あの時点では、和泉さんが必要かどうかはわからなくて、単に和泉さんが千歳さんが心配ってだけで行っちゃいましたよね?」


 その通り。どうしよう、本当になんにも言い訳できない。咲さんとうまく行かなかったら、千歳をがっかりさせちゃう……。

 ……いや、ちょっと待てよ、俺、咲さんに振られて悲しいよりも、千歳をがっかりさせて悲しいが先に来るの!?

 どうしよう、咲さんの指摘がさらに刺さる。俺、千歳のことが本当に大事なんじゃん。咲さんよりも、誰よりも大事なんじゃん。

 ……口に出して言ったもんな。俺、俺の大事な人は千歳だよって、他ならぬ千歳に、はっきり口に出して言ったもんな……。

 迷った末、俺は咲さんに「何も言い訳できません。本当にごめんなさい」と送った。

 咲さんからすぐ返事が来た。


「どうせ、婚活してるのも、千歳さんに結婚しろ子供作れた子々孫々まで祟らせろってせがまれたからなんでしょ」

「ごめんなさい」

「謝るんじゃなくて、はいかいいえで答えてください」

「はい、です。千歳がすごく子孫を残して欲しがるから、婚活をしようとしました」

「だからって好きでもない人と付き合おうとするの、相手は大迷惑だからやめてくれません?」

「その、私は、咲さんのことは好印象を持っていました」

「それ以上に好印象持ってる人がいたら意味ないんですよ!!」


 本当にそう。ごめんなさい。


「そんなに千歳さんが好きなら、千歳さんにプロポーズすればいいじゃないですか」

「千歳はその、恋愛も性愛もピンときてないみたいで、あとまだ幼いところもあって、そういう接し方はしちゃいけないと思って」

「じゃあ、千歳さん側の問題がなかったら、和泉さんはそういうことしたいんですね?」


 いや、その……いや、ダメだ、字面だけ見たらどうしたってそう取られる! ダメだ!!

 咲さんからまたLINEが来た。


「和泉さんは倫理観高い人っぽいから、そういう、アセクシャルとかアロマンティックな人に自分の恋愛感情向けちゃいけないってなるのはわかるんですよ。でも、だから他の人間を代用しようっていうのはものすごく失礼っていうの、わかります!?」

「ごめんなさい、本当にそうです、本当にごめんなさい」

「千歳さんへの恋愛感情は千歳さんとの間で解決してください。私を代用されるのはごめんです」


 そりゃそうなる。咲さんの言うのは、あまりにも当たり前のこと。


「本当に申し訳ありませんでした。私は、あまりにも浅慮でした」

「わかってくれたらいいです。私も、和泉さんは基本的にいい人だってわかってるから、罵倒したくてしたわけじゃないんです。ただ、和泉さんが、私に対してより千歳さんにいい人なのは我慢できないって、それだけのことです」

「本当にごめんなさい」

「もういいです。仕方ないから。それじゃ、さよなら」


 ああ、本当に、もう終わりだ。

 ため息を付いて、LINEを閉じた時、炊飯器の炊きあがりの音が鳴った。炊飯器の限界、三合いっぱいまで炊いたけど、千歳に足りるかな、多くて困ることはないし炊飯器からご飯移してもう一回炊こうかな、と考えて、俺はふと自嘲の笑みを浮かべる。

 俺、咲さんに振られたことより、千歳に満足に食べさせてあげたいことのほうが、自然に頭に浮かぶんじゃん。千歳のことが、何よりも優先なんじゃん。

 だから、この結末は、もう仕方のないこと、だったんだな。

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