一目散に駆けつけたい

 さて、日曜日。俺は横浜地下の有隣堂で咲さんと待ち合わせ、千歳は駅の東口で緑さんたちと待ち合わせだ。横浜駅まで行くのは同じなので、俺は千歳(女子中学生のすがた)と一緒に家を出た。


「俺のほうが遅くなると思うから、スペアキー持っててね」

『ちゃんと持った!』


 千歳は笑った。歩きながら千歳となんとなく話す。


『お前、前のデートでは自分から手繋げなかったんだろ、今日は頑張れよ。なんならキスくらいしろ』

「その辺の段階的なことは、ゆっくりさせてください……」


 俺は縮こまった。今日くらいなら、あわよくばそれくらいならしてもいいかなと思うけど! 人のいないところでしたいし! 横浜駅周辺に人のいないところは……少ない!! 難しい!!


「その、二人で楽しく過ごす時間を持ちたい、って言うのは咲さんと話してるから。今日は咲さんに楽しく過ごしてもらって、俺も楽しく過ごせれば合格とさせてください」

『有隣堂で漫画見て、紀伊國屋で雑誌見るんだっけ?』

「一応そう話してるけど、臨機応変にってことにもなってる。咲さん、本好きだから目移りしちゃうかもって言ってて」


 咲さん、昨日LINEで「買いすぎるから本屋への接触は控えてるんですけど、明日は買います!」って言ってたから、本への愛はものすごくある人だと思う。本屋に誘ってよかったな。

 そういうわけで、横浜駅についてから俺は改札で千歳と別れ、有隣堂がある西口へ向かった。

 有隣堂コミック王国の入口で、涼し気な服装の咲さんが手を振った。


「和泉さん!」

「すみません、待ちましたか?」

「早く来すぎちゃっただけです!」


 二人で店に入る。咲さんは「電子でけっこう持ってるんですけど、紙で買いたいのもあって! あと、本屋での偶然の出会いも欲しくて!」と鼻息が荒かった。好きなものを好きと言ってる人は魅力的だと思う。俺は笑った。


「私も、本屋での偶然の出会い欲しいですね、いろいろ見ていきましょう」


 二人してかごを持ち、平積みの漫画を見て回った。あんまり買うと重いけど、惹かれるのいっぱいあるな……どうしようかな……家の置き場所も考えないといけないしな……。

 すると、尻ポケットに入れていたスマホが震えた。ん? この震えは、お天気アプリかな? でも、よっぽどの異常じゃなきゃ通知こなかったような……。


「ちょっと失礼」


 スマホを見ると、いきなりの曇り、とアプリは示していた。ん? 今日もともと曇りと言うか、雨予定じゃなかったっけ?

 咲さんのバッグから着信音がなり、「あれ?」と咲さんが首を傾げた。


「親だ……どうしたんだろう」


 咲さんは通話に出て、スマホから咲さんのお母さんらしき声がした。


「あんた大丈夫!? 横浜駅、空に正体不明の黒いのがすごい勢いで広がってるっていうんだけど!?」


 は!? なんだそれ!?

 咲さんは驚き、「い、いや今地下だから、なんにもわかんない……」と戸惑っていた。


「危ないから帰ってきなさい! 帰れる!?」


 よくわからないが、異常事態なら異常があるところから離れたほうがいい……って、こっちには千歳もいるじゃん! 大丈夫か!? 緑さんも南さんもいるし、フォローはしてくれると思うけど……。

 本屋のお客さんたちも、スマホ経由で異常事態が少しずつ伝わってきているらしい。なんか周りがざわめいているし、店から出て駅に向かう人も散見される。


「と、とりあえず、何か危ないなら駅に戻りませんか?」


 俺は咲さんに申し出た。移動するなら、駅が一番いい。千歳も戻ってくるかもしれないし。

 咲さんは頷いた。


「と、とりあえず上に上がって、駅行きましょう」


 二人で駅へ上る階段に向かう。周りの人の流れも、明らかに騒がしさが増していて、駅に行くらしき人が増えている。階段を登りきって駅に入ろうとしたとき、外の空が少し見えた。

 真っ黒い、雲よりも黒い何かがすごい勢いで広がっていく。その黒に、俺は見覚えがあった。

 家でダラダラしてるときの千歳の、黒い一反木綿の格好!


「千歳だ!」


 あの黒いの、千歳だ! 千歳はものすごく巨大化できる、千歳がものすごく巨大化してる、千歳に何か異常が起こってる!!


「……咲さん、申し訳ありません、すぐ電車乗って横浜駅から離れてください」

「え、和泉さんは!?」

「あの黒いの、千歳なんです。千歳、何かまずいこと起こってるんで、ちょっと千歳のところまで行ってきます。危ないんで、咲さんはすぐ横浜駅から離れてください!」


 俺は咲さんを改札まで促し、ひとまず千歳が緑さんたちと待ち合わせしているはずだった東口へと駆け出した。

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