話さないから伝わらない

 咲さんに、次のデートで本屋はどうですかと聞いたら「ものすごく買うけどいいですか!?」と前のめりな返事をもらった。いろいろ相談して、今度の日曜日は横浜駅地下の有隣堂と横浜そごうの紀伊國屋をハシゴすることになった。

 夜のまったりタイム。膝に乗ってる千歳(幼児のすがた)にそれを話したら『ワシも日曜出かける』とのことだった。組紐が全部できあがったので、日曜に緑さんと南さんに会って渡すとのことだ。緑さんがお茶しようって言ってるんだって。


『緑さんおすすめの店で紅茶飲むんだ!』


 千歳はわくわくを抑えきれない瞳である。


「そりゃいいねえ、楽しんでおいで」

『緑さん、ワシが組紐全部作ったご褒美に奢ってくれるんだ』

「うん、えらいよ、納期よりずっと早く納めるんだもん」


 俺も、千歳に何かお疲れ様の品を買ってあげようかな。うーん、咲さんとのデートが終わった帰りに何か探すかな? チョコミント系が安牌だから……それ系の品が多いパパブブレとかかなあ?


『それでさあ、これは真面目な話なんだけどさあ』


 千歳は俺の膝から降り、居住まいを正した。


「うん? 何?」

『お前さあ、大事な人がいるならさあ、それは咲さんには隠すなよ』

「え……」


 俺の大事な人。それは、千歳その人である。恥ずかしくて千歳に言ってないだけなのだが。


「え、えっといや、それは……」

『真面目に付き合ってるんだろうが。ワシに言わなくてもいいけど、咲さんには隠すな』


 千歳の言うことはもっともである。俺の大事な人が千歳その人であることを除けば!


「咲さんには……その……」

『お前の大事な人、皆目見当がつかないけど、真面目に付き合ってて結婚もどうか、って相手に言わないのはおかしいだろ』


 せ、正論! ど、どうしよう……。


「い、いや、言わなくても、なんとなく伝わるんじゃないかな……」

『ワシに分かんないのに、咲さんに伝わるわけないだろ!』


 それは千歳が鈍いだけじゃないかと思うんだけど……。

 どうしよう。千歳のこと、すごく大事なこと。咲さんにはある程度は伝わってると思うけど。

 でも、どうしよう、千歳のこと膝に乗せたり添い寝したりしても全然いいくらい大事、千歳が望むならいくらでもスキンシップをしてあげたい、なんて咲さんにはとても言えないよ、どうしよう?

 千歳は全然その辺のこと考えてないんだろうか、まだずっと先の話だと思ってるんだろうか?


「あ、あの、タイミングを見て……段階的に……」


 俺は、ようやくそう言った。


『咲さんにはちゃんと話すんだな?』

「その、話し方とかタイミングとかは一任してもらえませんか、お願い」


 千歳をどんなふうに大事にしてるか、普通じゃとても言えないよ!


『じゃあその辺はお前に任すけど、でもちゃんと言えよ』


 ど、どうやって話そう……?

 俺の悩みをよそに、千歳はまた俺の膝に乗り、タブレットで漫画を読み始めてしまった。

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