番外編 金谷千歳の気づき

 十日間ワシが外に泊まりって聞いてから、祟ってる奴がなんか元気ない。飯はたっぷり作って、冷蔵庫と冷凍庫ギチギチにしてやったのになあ。飯の心配は、ぜんぜんしなくていいのになあ。

 深山さんに会って、祟ってるやつとの距離を説明したら怒られちゃった。祟ってるやつだけ深山さんに連れてかれちゃって、どうしようと思ってたけど、割とすぐに二人とも戻ってきた。

 深山さんが言った。


「ひとつ懸念があったので彼に詳しく聞いていましたが、なんとかなりそうですわ。じゃ、これから十日でなんとか解呪しますわよ」

『うん、よろしくお願いします』


 ワシは頭を下げた。部屋に佐和さんが顔を出した。


「奥の部屋を寝起きできるように整えてありますので、そちらへどうぞ」

『はーい』


 ワシは持ってきた泊まり荷物を抱えて立った。と言っても、ワシ着替えいらないから、財布とスマホとタブレットと充電器と、あと組紐づくりの道具をカバンに詰めただけだけど。

 祟ってる奴が、ワシに心配そうに声をかけた。


「千歳、荷物本当にそれだけでいいの? 何か足りなくなったら、差し入れに来ようか?」

『いや、そしたら解呪できなくなる』


 ワシは首を横に振った。深山さんが説明してくれた。


「近しい者を置き換える必要がありますからね、あなたが途中で接触すると、最初からやり直しになりますのよ。ですから十日間、あなたの接触は一切禁止ですわ」

「えっ……」


 祟ってる奴は、えらくショックを受けた顔で固まってしまった。


「めーるとやらや、いんたーねっととやらの連絡もダメですわよ」

「そ、そんな……」

「なんですの、まさか怨霊と会えなくてさみしいとかいいませんわよね?」


 深山さんがちょっと怒った感じでいうと、祟ってる奴は少し視線を泳がせて、それからうつむいてしまった。

 九さんが苦笑した。


「さみしいんじゃな?」


 深山さんは「え」と驚いた。


「え、本当にさみしいんですの? 大の男が?」

『え、お前ワシいないとそんなさみしいのか?』


 ワシもびっくりした。祟ってる奴はしばらくもじもじしてたけど、やがて言った。


「いや、だってその……そりゃ、いつもいる人が十日もいなくて、連絡も一切ダメって言われたら……そりゃ……」


 ワシは、そう言われて思い当たることがあった。ワシが十日いない、と言われて、こいつはずっとなんとなくしょげてた。


『え、だからなんか元気なかったのか!?』

「そ、そんなに元気なかった?」


 祟ってる奴はうろたえ、深山さんはものすごく大きなため息をついた。


「なるべく早く解呪できるようにしますわよ。ほら、そこの怨霊、あなたは子供になってしばらくわたくしの膝の上ですわよ」

『う、うん』


 深山さんが手招きするので、ワシはそっちに向かった。

 無表情ながら、佐和さんが祟ってる奴を慰めるように言った。


「足りないものがあれば、私がその辺りの世話をしますので、和泉様は心配なさらないでください」

「……すみません」


 祟ってる奴は佐和さんに頭を下げ、もう一度ワシを見て「……じゃあね、がんばってね」とだけ言って、とぼとぼと帰っていった。

 その背中があんまりにも心もとなさそうで、ワシは胸がぎゅっとなった。

 ……あいつ、そんなにさみしいのか。ワシがいないと、そんなにさみしいのか……。

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