どんなことでも叶えたい

「し、してません!一度もしたことありません!」


 千歳とのセックス経験を、俺は全力で否定した。


「そもそも、千歳とは恋愛関係じゃありません!!」

「本当に!? じゃあ接吻も愛撫もしてませんわね!?」


 深山さんはまなじりを釣り上げて問いつめてきた。


「どっちもしてません!! 本当です!!」


 そうか、距離の関係か。深山さんは俺と同じくらい千歳に近づかなきゃいけないわけで、セックスだのキスだのしてたら、ゼロ距離どころの騒ぎじゃない。

 俺は、もっとちゃんと説明しようと言葉を重ねた。


「その、千歳は恋愛も性愛もピンときてないみたいで、でも生まれが寂しかったからスキンシップとか触れ合いはしたいみたいで。私でいいならいくらでもしなって感じでやってるんですけど、本当にそういう、性的なのはありません」


 深山さんは疑念の表情を浮かべた。


「あれだけ近くて、本当にしてませんの?」

「してません。神様に誓ってもいいです」


 深山さんは、なんとも言えない顔でため息を付いた。俺は、千歳との距離感的なことをもう少しフォローしようと、また口を開いた。


「その、千歳はですね、恋愛も性愛もピンときてない人なので、深山さんと触れ合ったり混浴したりしても変な気持ちは抱かないと思うのですが、どうでしょうか?」

「……まあ、その話が本当ならですけど……というか、なんであの怨霊は恋愛も性愛もピンときてませんの?」


 理由? うーん、あるような、ないような……。


「理由は……まだちょっと千歳が子供だからだと思うのですが……いや、それにしてはやっぱり年行き過ぎてるかな。精神年齢関係なく、もともとそういう人なのかもしれません」

「そんな人、いますの?」

「普通にいますね。恋愛感情持たない人はアロマンティック、性的欲求を持たない人はアセクシャルって言うそうです」

「…………」


 深山さんは怪訝な顔だったが、一応話を聞く体だ。俺はさらに追加説明をした。


「えっと、あと、千歳は自分のことを男とも女とも思ってなくて、実際に核の人は身体的に男でも女でもないそうです。まあ、普通の体の男女でもアロマンティックやアセクシャルの人はいるので、千歳の体と心はあんまり関係ないと思いますけど」

「……孕むことも孕ますことも出来ない異形、それが怨霊の核とは聞いてますわ」

「そうです、それで地下の座敷牢に閉じ込められてて……」


 俺は、千歳の核の人を地下に迎えに行ったときのことを思い出した。あんな暗い所に、ずっと一人で。


「千歳の核の人、親に抱っこされたり抱きしめられたりとか、ろくになかったんだろうなと思うとかわいそうで。だから私でいいならスキンシップいくらでも相手になるよと思ってしまって、それで千歳とすごく距離近くなってしまいましたけれど、性的な関係は一切ありませんし、千歳には性的な欲求はありません」

「……ふーん……」


 無精無精という感じで、深山さんは相槌を打った。


「一応参考に聞いておきますけど、あなたの方はどうなんですの?」

「え?」

「あなたは、あの怨霊と交合したいと思ったことありませんの?」

「え……」


 俺は、ぎくりとした。

 前に一度、かわいい女の子の格好の千歳に、半裸で抱きつかれたことを思い出す。あの時は……その、してしまったらもう、婚活とか結婚とか無理だと思って、力を振り絞って拒否した。

 もうすごく好感を持ってる、大事な相手だったから。そんな人とセックスまでしてしまったら、他に女の人探して結婚するなんて気持ちもう持てないと思って、拒否した。


「い、いや、私は……その……」


 目が泳ぐのが分かる。なんとか言い訳を探す。


「あの、千歳は、まだちょっと子供で……そういう気持ちを向けちゃいけない相手で……それに、恋愛も性愛もピンときてない人だから、そんな人にそんな気持ち向けるのは、よくないことなので……」


 言葉を探し探しそう言うと、深山さんはあっさりと「したい気持ちはありますのね?」とまとめてしまった。


「いや、あの、その! それはその、私も男なので、千歳が可愛くて魅力的な女の子の格好になった時は何も思わないわけじゃないですが、その、自制は忘れてません!」


 なんで俺、爆乳爆尻の美女にこんなことで問い詰められなきゃいけないんだよ!!


「ち、千歳が私にスキンシップしてくるの、変なことしない相手っていう意味での信頼があるからだと思うんですよ、そんな信頼を損なうようなことは、それは、できないので!」

「ずいぶんと、あの怨霊を大事にしてますのねえ」


 その深山さんの言葉には、千歳へのトゲが感じられた。

 ……千歳は、何十人も殺傷した怨霊。そりゃ、いい気持ちを持てという方が無理だろう

 でも。


「あの、千歳は……私が体悪くしていて、貧乏で、人生どん底の時に救ってくれた人なので。毎日かまってくれて、身体のこと考えた料理を毎日作ってくれて、家事してくれて。そのおかげで少しずつ良くなって、私は健康になって仕事もできるようになったので……そんな人を大事に思うなっていうほうが、無理なんです」

「…………」


 深山さんは眉毛を寄せたままだった。


「千歳のこと、本当に大事なんです。いつも楽しく暮らしてほしいし、したいことは叶えてあげたいと思っています。なので……解呪を、どうかお願いできませんか」


 俺は頭を下げた。深山さんが、何らかの反応を起こすまで下げ続けるつもりだった。


「……やりますわよ、顔を上げなさい」


 ため息とともに、深山さんの言葉が降ってきた。顔を上げると、少し怒った深山さんの顔があった。


「ただ、あなたからも、多少支払ってもらいますわよ」


 千歳から、解呪のお礼は組紐で払うと聞いていた。なるほど、俺が頼んだから、俺からも支払いか。


「おいくらでしょうか?」

「お金でなく、物! グラニュー糖10キロ、上白糖10キロ、上等の蜂蜜10キロ、黒砂糖10キロを送りなさい。住所は後で伝えますわ」


 すごい糖分だな……甘いもの好きなのかな?

 まあ、それならAmazonかヨドバシを使えば簡単にできそうだ。お金も、千歳のためなら出せる。


「送らせていただきます。住所をいただき次第、手続きします」


 俺は、もう一度頭を下げた。

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