交友関係広げたい 上
やっと桜が咲き始めそうだ。桜以外の花々も結構咲き始めている。千歳と行った散歩の途中、赤や黄色のガーベラやピンクのユキノシタが鮮やかだった。いつものように花を写真に撮って、おばあちゃんに送ったら喜んでくれた。
『お前、新しいスマホでもうまく撮れてるじゃないか』
千歳は、割と俺の写真をほめてくれる。
「うん、もうちょっとしたら、桜たくさん撮って、おばあちゃんに送りたいな」
しかし、自分が花を撮って回るなんて、雅なことをするようになるとは思わなかったな。おばあちゃんのためとは言え……。
翌日、千歳が買い物に行った午前中。俺は仕事をして……しようと思ったら、待ち時間ができてしまった。朝までに送ると言われていた次の仕事の詳細が、午後になってしまったので。
パソコンで仕事関係のファイルを整理していたが、それもすぐ終わってしまった。どうしようかな。
暇なので、なんとなくスマホを手に取った。いつもは夜ゆっくりする時間に見る、狭山さんのDiscordサーバー【茶の間大海】を開く。在宅仕事の人が多いため、平日のこの時間でもそれなりに人がいる。昨日撮った花の写真をアップしたら、いくつかリアクションをもらえた。
普段見ないチャンネルもなんとなく見ていたら、ボイスチャンネルに一人、見知った名前の人がいた。よく俺の花の写真にリアクションをつけてくれる、【埼玉9号】という人だ。ボイスチャンネルに併設してあるチャット用チャンネルも見てみたら、埼玉9号さんは「大掃除中! 監視兼雑談希望です!」と書き込んでいた。ああ、掃除で手は動かさないといけないけど、口が暇なのか。
俺は埼玉9号さんとそんなに文字でやり取りしたことはないが、埼玉9号さん自身は茶の間大海メンバーとよく当意即妙なやり取りをしている。親しみやすそうな人だなと感じていた。
狭山さんも、埼玉9号さんとは【茶の間大海】でよく軽口を叩きあっている。多分、Discord外でも親しいんだろう。埼玉9号さんのMisskeyアカウント覗きに行ったことあるけど、狭山さんと同じでTS男子愛を熱く語ってたからな。狭山さんと違って、女装男子愛も熱く語ってたけど。
……俺は、千歳と会って、狭山さんと友人になれて、おっくんにも許してもらって。自分から交友関係を築かないようにするの、もうやめようと思ってる。仲良く出来そうな人がいたら、自分から仲良くしに行くべきだと思ってる。
だから……Discord上での知り合いでしかないけど、割と好印象な人が「話しかけて!」と言ってる時、話しかけてみる、って言うのは、いいんじゃないかと思う。
俺は、【ボイスチャンネルに参加】をタップした。
「こんにちは。時間空いちゃったんで、しばらくお邪魔させてもらえませんか?」
そう話しかけると、埼玉9号さんの、男の娘キャラのアイコンが震え、若い女性の声が返ってきた。
〈あ、こんにちは! え、和泉さんですか!?〉
え、女の人だったの!?
俺は、かなり戸惑ってしまった。いや、そりゃ性的な癖は多種多様だけど、狭山さんと仲良くてTS男子や男の娘好きって所から、完全に男だと思ってたので。
「あ、その、すみません、午前いきなり時間空いちゃったんで、なんとなく入らせてもらったんですけど……」
動揺が声に出てないか気になったが、動揺しすぎてさっきと同じようなことを言ってしまった。けれど埼玉9号さんは、嬉しそうな声を返してきた。
〈わー、お話できると思いませんでした! あの、私、鯖缶の妹なんですけど、兄、よく和泉さんの話ししてるんですよ!〉
鯖缶とは、サーバー管理人の略である。で、【茶の間大海】のサーバー管理人は、当然狭山さんである。え、狭山さんの妹さん!?
「え、狭山さんの妹さんですか!?」
思ったことがそのまま口から出てしまった。
〈そうです、妹です!〉
「そ、そうだったんですか、全然気づきませんでした……」
驚きはまだ去らなかったが、後から納得する部分もあった。そうか、だから狭山さんと親しいのか。趣味が割と狭山さんと一致するのも、そりゃ血がつながってて一緒に育ったなら、おかしくない。
「すみません、全然知らなくて、狭山さんと親しくされてるから男性だとずっと思ってました……」
明るい笑い声がした。
〈あー、まあ、言ってることだけだと全然わかりませんよね! よくあります!〉
よ、よかった、気分は害してないらしい。
「ええと、今、掃除中ですか?」
〈掃除の前の片付けからですねえ〉
埼玉9号さんは軽く自己紹介してくれた。普段は保健師をしていて、今日はもぎ取った有給で三連休初日とのことだ。で、その三連休で家の大掃除をしたいらしい。
〈実家なんで、明日明後日は親も参戦するんですけど。親もフルタイム勤務なんで、普段家のことが後回しになりがちでして……今日は私だけで孤軍奮闘なんです〉
「大変ですね」
〈やる気でないんで、監視兼いい感じの雑談をお願いします〉
笑みを含んだ声でそう言われたが、結構難しいな。
とりあえず、俺も軽く自己紹介した。WEBライターをやっていて、狭山さんの小説の漢方面の制作協力もしている、と。
〈兄、こないだあかりさんとうちに来てご飯したんですけど。和泉さんがいなかったら絶対結婚できなかったって言って、すごく和泉さんに感謝してましたよ〉
「え、そうなんですか?」
〈和泉さんが気づいてくれなかったら、何もうまく行かなかったって〉
俺は驚いたが、言われてみたらそうなのかもしれない。狭山さんも金谷さんもお互いを好きだったわけだが、最大の障害である峰朝日さんについては、確かに、俺が朝日さん=裏垢メス男子と気づかなければどうにもならなかったかも。
「いやあ、お役に立てて何よりです」
俺は頭をかいた。
〈兄、和泉さんともっと話したり遊んだりしたいみたいですから、かまってやってくださいね〉
え、そうなの!?
「え、じゃあ明日、打ち合わせの時にちょっと話し向けてみます」
大人になってから出来た友達、親しくしたくても、どこまで親しくしていいかわからない所がある。相手がもっと親しくしたいって思ってくれてるの、それはすごく嬉しい。
〈ぜひそうしてやってください!〉
それから、少し笑い声がした。
〈ていうか、今思ったんですけど。兄から話聞いてなかったら、私、和泉さんのこと、絶対女の人だと思ってましたよ〉
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