番外編 金谷千歳の罪悪感
佐和さんから銀狐が顔を見に来るって連絡があった。祟ってる奴がこないだ、佐和さん経由で銀狐に助けてって言ったのはちゃんと本人の耳に届いてたらしい。こないだの件は一件落着したけど、銀狐はそれ関連でワシらに伝えておきたいことがあるんだって。
とりあえずお茶菓子の準備をしてる。佐和さんに聞いたら、銀狐はバターや生クリームたっぷりのお菓子が好きなんだって。バタークッキーでいいかな?
祟ってる奴がこたつの座椅子に手をかけた。
「九さんが来ると座椅子足りないから、いっそ座椅子取っ払って、クッションの新しいの敷こうか」
『そうだな』
クッションは去年の秋、こいつが生活用品を新しくしたいって言ったときに買った。古いクッションはワシら、新しいクッションは銀狐にでいいか、一応あいつ客だし。
準備しながら、頭から離れないのは、夜中に見たこいつのスマホの中身。初めて見る女の子の写真。
こいつの大事な人。
どんな人なんだろう? 優しい人なのかな?
こいつ、明るくて元気で安心できる人が好きって言ってた。あの子は、明るくて元気って感じではないけど、感じ良くて安心できる人な気はする。
いや、でも、大事な人であって好きな人かどうかはわかんないからな。好きな人だったらこいつとくっつけるの応援すればいいんだけど、あんなに写真大事にしまい込んでるのに、ワシとのこれまでの付き合いで、その人の存在をおくびにも出さないの、なんか訳ありな気もするし。
約束の時間に、玄関先でボンと音がして、紫袴のきれいな女が現れた。
「邪魔するぞ。おお、二人とも元気じゃの」
玄関先で通り一遍の挨拶をして、銀狐を中に招いた。
『コーヒーと紅茶どっちがいい?』
「コーヒーがいいのう、このクッキーにはブラックが合いそうじゃ」
三人でコーヒーを飲みながら話した。銀狐は、ワシと祟ってる奴を無理やり離すんじゃない、って峰家にも金谷家にも、そのふたつに近しい家々にも言って回ってくれたんだって。
「千歳、言っとくがな。妾はお主が和泉と一緒にいるならまあ大丈夫だろう、と、一時的にお主を見逃してやってるだけじゃからな。お主一人になったらずっと目を光らせるからな」
『そうなのか?』
「そうなんですか?」
祟ってる奴と、二人で首を傾げた。
「和泉。妾は、それなりにお主を高く買っとるんじゃよ」
銀狐は、祟ってる奴にウインクした。祟ってる奴は虚を突かれた顔になって、それからさっと居住まいを正して銀狐に頭を下げた。
「そ、それは恐縮です」
銀狐はさらに言葉を続けた。
「和泉。お主みたいな人間といれば、千歳もそう妙なことは起こさんじゃろうと、妾はそう思っとるわけじゃ。だからの、第三者がお主ら二人を無理やり離そうとしたら、妾は今後も大反対するからな」
祟ってる奴は、なんかとても嬉しそうな顔になった。
「それは、ありがとうございます!」
うーん、ワシも、前みたいなことになったとき、「やめろ、反対」って言ってくれる人がいるのはありがたいな。一応お礼は言っておこう。
『えっと、ワシもこいつのことそばで祟りたいし、ありがとう』
そしたら、銀狐はワシを軽く睨んだ。
「しかし、だからといってこないだの結界はやりすぎじゃぞ? 妾の部下が見つけて泡を食って知らせてきたんじゃからな?」
祟ってる奴が「こないだ? 結界?」と首を傾げた。あっ、やべ。
銀狐は祟ってる奴に「ん? 知らんのか?」
と話しかけた。
「何かあったんですか?」
「何も知らんのか……」
むう、と銀狐は眉を寄せ、そしてワシをまた睨んだ。
「おい、千歳。和泉に話しとらんと言うことは、悪いことだったと自覚があって、隠しときたかったんじゃな?」
『う……』
すごく強い結界広くに張るの、想定外に巻き込まれた人が想定外の事態になることもあるし、そんなにバンバンやっちゃいけないのはわかってるけど……。
銀狐は怖い顔のまま、さらに言った。
「お主の口からきちんと説明しないようなら、ワシが話すぞ」
ど、どうしよう。
……ワシ、こいつに隠し事、結界のこと以外だってしてる。スマホ隠し見てこいつの大事な人のこと暴いちゃった。
ワシ、こいつに隠し事、ふたつもしてる。
せめて、一個はちゃんと話さなきゃ。
『話す、ワシから話す!』
ワシは観念して、奥武蔵さんが来る日に家を中心に広めの結界を張ったことを話した。祟ってる奴に害意を持ってる人だけが迷ってうちにたどり着けない結界。
祟ってる奴はすごくびっくりした。
「そんなことしてたの!? そんなことできるの!?」
『まあ、やろうと思ったら……。迷わせるだけのだから、人に怪我とかさせないから、いいかと思って……』
ワシはうつむいてぼそぼそ言った。祟ってる奴は困った顔をした。
「うーん……まあ、人を傷つける意図じゃないのはわかったけど、そんな大掛かりなことしたら、何か予想外のことが起きた時、暴走するとかないの?」
『……可能性は、ある……』
「あるのか……」
祟ってる奴はあごに手を当てて考え、少ししてから言った。
「あのね千歳。俺を心配してくれたのは嬉しいけど、高いリスクのある方法を取るのはなるべくよそうね。あと、何かする時は俺に一度相談してほしいな。特に今回は、俺に関わる問題だったわけだし、俺に決定権が欲しかった」
まったく持ってそのとおりだ。
『……悪かった』
こいつへの罪悪感が消えない。今、ひとつの隠し事は優しく諭されて、許してもらったけど、もうひとつの隠し事については、バレたらこいつ、どうするだろう?
すごく怒るかもしれない。ワシのこと、嫌いになるかもしれない。
……もしそうなっても、全部ワシが悪い。こいつは怒って当然だもん。
そこまで思いついて、ワシは自分が泣きそうになってるのに気づいた。
やだ、こいつに嫌われたくない……。
祟ってる奴が話しかけてきた。
「千歳、そんな涙目にならなくて大丈夫だから。また同じことやらないでくれれば、それでいいから」
こいつの声は、すごく優しい。
銀狐が少しきつい声音で言った。
「泣くほど反省するなら、そもそもするんじゃない」
『……もうしない……』
一生懸命涙をこらえて言った。もう絶対こいつのスマホ見ない。このひとつの隠し事は、嫌われたくないから絶対言えないけど、もうこれ以上絶対こいつに悪い隠し事しない。
こいつに悪いことした。そんなんじゃ埋め合わせにならないけど、ワシもこいつにすごく優しくしてやろう。
こいつの大事な人に、もし会えたら、その人にも、すごくよくしてやろう。
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