同じ相手にやられたくない 上
「あかりさんとの婚約、ダメになりました」
濃いハイボールをぐーっと飲み干した狭山さんは、吐き出すように言った。
ウイスキーだのブランデーだのスピリタスだの強い酒の瓶たくさん、卓上コンロで煮えてる海鮮寄せ鍋、あとヤケクソな量のお刺身盛り合わせ。俺は、しょぼしょぼになってる狭山さんに納得した気持ちと、順調そうだったのに!? という気持ちとで混乱して、どう言っていいかわからなくて、結局、「ど、どうして? 何があったんです?」と芸のない返事をしてしまった。
狭山さんは爆速で杯を重ねながら話した。金谷さんに、よりいい求婚相手が現れて、金谷家のほとんどがそっちに傾いてしまったのだそうだ。
「峰家の長子の朝日って人なんですけどお……小さい頃から婚約者いたのに、ある日突然それ破棄して、あかりさんと結婚させてほしいって安吉さんにねじ込んだらしくてえ……」
は!? あのしつこい人!?
「そ、その人、私、会ったことありますが……」
「僕も会ったことはあるんですけどお、その時めっちゃにらまれてえ、嫌われてるせいだけではなさそうなんですけどお……」
狭山さんはびびってる俺にノンアルビールを勧め、自身はグレフルサワーをスピリタスで作りながら話した。
金谷安吉さんは美形に弱い。そこを峰朝日さん(イケメン)にガッツリ突かれてしまったそうだ。安吉さんは朝日さんに金谷さんへの結婚を申し込まれた時点で、結婚させる気になってしまったらしい。
牡丹さんと茂さんは、最初は安吉さんを諌めたそうなのだが、その二人も、狭山さんの職業が一般的には不安定とされること、狭山さんと金谷さんとで年が離れすぎていることで、揺れ始めたらしい。朝日さんは二十一歳で、金谷さんとは年齢差的に全然問題ないのもよくなかった。
牡丹さん的には、金谷さんが料理できなくて、狭山さんは別に精進料理が本職でないのと、五葷と獣肉を除いた料理については峰家になら人材がいる、というのも峰朝日さんに傾いた理由だったそうだ。
で、狭山さんと金谷家で話し合いの場があったそうなのだが、狭山さんは割と一方的にやられ続け、金谷さんはだいぶ混乱して狭山さんに謝り続けて、そして最後にポロッとこう言ったらしい。
「狭山さん、私のこと好きじゃないじゃないですか、だって、手も握ってくれないじゃないですか」
狭山さんは、その一言でポキっと折れてしまったそうだ。もともと、狭山さんは金谷さんのことを義務感で動く人と思っていて、金谷さんの義務で言ったらより霊感の優れた朝日さんと結婚してのほうが果たせる。そこに、これまで狭山さんが金谷さんを想っていた気持ちを全否定されたので。
俺は、思わず狭山さんに聞いてしまった。
「そ、そんな事言われて、狭山さんどうしたんですか?」
「なんか、気づいたら捨て台詞みたいなこと言っちゃってえ……「好きでしたよ、だからお付き合いの間何もしませんでした。いいです、いい夢見させてもらいました、峰さんとお幸せに」って言って、もうその場にいられなくて即帰ってきちゃってえ……」
そ、そうしたって全然おかしくない、かわいそうすぎる……。
狭山さんは半泣きだった。女子高生と婚約なんて大っぴらに言えなかったから、狭山さんは周りの人に金谷さんとのことをあんまり話してなくて、このことを安全に愚痴れる人が俺くらいしかいなかったらしい。
俺は思わず言ってしまった。
「いや、そりゃ、狭山さん全然何にも悪くないですよ! 気の毒すぎますよ!」
「そうですよねえ、僕愚痴って全然構いませんよねえ!?」
狭山さんは爆飲み爆食いし続けている。ていうか、この新居、一人暮らしには部屋数多すぎるし、出てる食材に獣肉ないし、そうか、金谷さんと住む前提だったのか……。かわいそうすぎる……。
「狭山さん、言うべきところに文句言うくらい許されると思いますよ」
狭山さんは、とたんにしょぼしょぼした。
「でもそれをするとあかりさんが困るんで……安吉さん、あかりさんを朝日さんと結婚させるためにコネフル動員させて緑さんも黙らせたので……」
「うわ……」
ていうか。
「あの、私もこないだ朝日さんの申し出で大変だったので、それを聞いておいていただいたほうがいいかなと思うんですけど」
俺は、千歳と一緒に峰家に会ったときのことを話した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます