楽しいことをノートしたい

狭山さんの「てんころ」の新刊が出たので千歳が興奮している。

『すごい……すごい展開になったな! 今になってみれば伏線っていうのはたくさんあったけど、全然気づかなかった!』

鼻息荒く語る千歳。俺ももう読んだので、話を合わせた。

「でも、これでハッピーエンドの道筋見えたね」

『え、なんでだ!?』

千歳はびっくりして飛び上がった。俺は説明した。

「だってさ、ずっと狙ってた暗殺相手が実はなりすましてた別人で、暗殺相手はもう死んでるわけだからさ、主人公はその暗殺相手がちゃんと死んでる証拠なり何なりつかめば、もう、自分が死ぬ心配はないわけだから」

てんころは、主人公の女性が転生神的なのに、ある男性を三年以内に殺さないとお前を再び死なせる、と言われて異世界的なところに放り込まれる話だ。主人公がその暗殺相手に近づいて油断させて殺そうと頑張って取り入ったら惚れられて求婚されてしまい、第二部では結婚してしまうので、三年以内にどうかたをつけるか、というのが話の推進力だった。

『あ、そっか! なるほど………』

千歳は納得したようだ。

『あと二冊あるわけだから、その証拠掴んだりなんだりやるのかなあ?』

「あと二冊もあるから、もう一波乱くらいは起きそうだけどね。その方がおもしろそうだし」

『そうだなあ』

千歳はうなずき、そして首を傾げた。

『なんでそんなに深読みとか展開予想できるんだ、お前? 狭山先生、みすきーっていうので、てんころの話たくさんしてるのか?』

狭山さんは、Twitter(現X)の表アカウントもMisskey.ioと同時運用を始めた。一部を除いてほぼ同じ内容を投稿している。

「いや、狭山さんは作品についてはTwitterもMisskeyも同じことしか話してないよ。深読みが出来るのは、俺高校くらいまで小説読むの割と好きだったからじゃないかな?」

今やるとなると流石に気合がいるが、俺は高校くらいまでなら京極夏彦のサイコロ本でも読むのが苦にならなかった人間である。

『へー、お前けっこう本読む方だったんだ』

「まあ、多少ね。あ、でも、狭山さん、Misskeyでしか料理の話してないな」

多分金谷さんにつながることだから、どんなことにも攻撃を仕掛ける人間がいるTwitterでやるのを避けてるんだろうけど。

『え? 料理? 狭山先生料理趣味なのか?』

千歳はぽかんとした。

「趣味っていうか……半分は花婿修行? 見せたほうが早いな」

俺は自分のスマホで狭山さんのMisskeyアカウントを開いた。

「ほら、こんな感じ」

狭山さんアカウントのメディア欄を千歳に見せる。鶏肉の塩麹焼き、ブロッコリー入りトマトスープ、ほうれん草のおひたし、パプリカと鶏肉の香草焼き、メカジキのソテー、カニカマカニ玉、ポン酢ドレッシングの海藻サラダなどなど。

『へー、うまそう!』

「気付いた? 全部、ネギもニンニクもニラも入ってないだろ、獣肉も」

『あ、本当だ!』

狭山さんの婚約者である金谷さんは、仕事の日は潔斎しなくてはいけないので、五葷と獣肉を食べてはダメである。

『金谷あかりに飯作ってるのか!?』

「まあ、その修業だってさ。狭山さんがMisskey始めた頃に、Discordの方で、「ねぎにらニンニクぬき、牛豚ジビエなしのレシピ募集してます、料理修行の必要があるんです」ってノートしててさ」

俺は、前に金谷さん家族から聞いたことを話した。金谷さんが料理苦手なのと狭山さんは家仕事だから、狭山さんが料理担当を引き受けたということ。

「もともと自炊はする方らしいけどね、金谷さんの仕事にも関わるから今から修行中なんだって」

狭山さんは、Twitterでは猫の話が中心だが、Discordサーバ「茶の間大海」では、結婚予定があることと自分が料理担当になることは言っている。これくらいなら千歳に伝えても大丈夫だろう。

『へええ、狭山先生いろいろがんばってるんだな……』

千歳はずいぶんじっくりと狭山さんの料理写真を眺めた。そして俺を見る。

『なあ、みすきーっていうの、ワシもできるか? もっと狭山先生の飯の写真みたい』

あ、そうなるか。

「できるよ、やりたいなら後で教えようか?」

『うん!』

そういうわけで、その日の夜、夕飯もお風呂も済ませたあとのまったりタイムに千歳にMisskey.ioを教えた。といっても、登録はメールアドレスがあればすぐ出来るので、あとはTwitter(現X)との細かい違いを教えただけだが。

『ツイートがノートで、リアクションっていうのはいろんなのから選んで一個だけできて、でも誰かのノートをお気に入りにするのはまた別の機能。それで大丈夫か?』

「上出来!」

褒めると、千歳は『へへへ』と照れくさそうに笑った。

『あれ、でも、お前こんなに詳しいってことは、お前もMisskey使ってるのか?』

あ、やべ、バレた。いや、その、確かに俺のアカウントあるし、MisskeyはまだTwitterほどは人いないから、ちょっとくらい喋るのも悪くないかな、と何年ぶりかに投稿したり、茶の間大海で知り合った人をフォローしたりしてるけど。

「いや、あの……その……」

あるけど何もノートしてないとごまかせばよかったのだが、不意をつかれたので言い淀んでしまい、千歳に突っ込まれる隙を作ってしまった。

『あ、あるんだな? お前のも見たい! 見せろ!』

千歳に飛びつかれてしまった。くそっ、ごまかせない!

俺は超速でこれまでの記憶を精査し、千歳に見られて恥ずかしいノートはあれど怒らせるようなノートはしてないことを確認し、観念して自分のアカウントを見せた。

「あの……この、すぷにゃんというアカウントですが……本当に大したことは何も書いてなくて……見られると恥ずかしいのですが……」

『えー?』

千歳は怪訝な顔をしたが、次の瞬間にハッとした。

『もしかして、ワシに見られると都合の悪いのことでも書いてるのか?』

「いや、都合は悪くないけど、その、本当に大したことは書いてないから」

『好きなAV女優でも書いてるのか?』

「そっちの恥ずかしいじゃなくて!」

確かに、Misskeyはお気に入りが人に見られないのをいいことにR-18画像お気に入りにしまくってるけど!

『ケチ、ちょっとくらい見せろ』

千歳は膨れた。

「いや、いいよ、見ていいよ、恥ずかしいけど我慢するよ……」

『じゃ、フォローしてやろ』

千歳は自分のスマホをタップした。そして、しばらく画面を見入った。

『……お前、同居人の飯がうまかったとか同居人のマッサージ気持ちよかったとかしか書いてないな……』

千歳はあきれたような顔でつぶやく。

そう、俺が千歳にMisskeyアカウントを見られて恥ずかしいのは、千歳にしてもらって嬉しかったことばかり書いてるからなのである。

『お前、流石にワシのこと以外にも書くことあるだろ?』

千歳は横目で俺を見た。

「いや、インターネットっていうのは、書けることと書いていいことに大いなる隔たりがあってね……他は仕事の秘密の話とか、人のプライバシーに関わる話とかばっかりだから、あんまり全世界に放流できません。Twitterの俺の仕事アカウントともわけたいし」

『うーん、まあ、インターネットって難しいのは、わからんでもない』

千歳はまだ俺のアカウントのノートを遡って見ているようだ。

『ワシにするお礼、何にしようか悩んでたのか?』

あ、ちょっと前に書いたな、千歳が要求するお礼について。「同居人にずっと良くしてもらって、ずいぶん健康になったからありがとうって言ったら、お礼を三つしろって言われたんだけど、そのうちもう二つ大したことじゃないことで消費されちゃった。本当になんでもお願い聞いてあげるつもりなんだけど」って。

『本当になんでもワシの願い聞くつもりなら、ちゃんと婚活して結婚して子供作って子孫繋げろ』

「うう……」

火の玉ストレートがみぞおちに飛んできた……。

『……まあ、明日にも結婚しろとまでは言わないけどな。結婚にはまだ稼ぎが足りないっていうんだろ、どうせ』

「ご明察です……」

俺は小さくなった。

『でも、なんでお前のノート「いいはなし」ってリアクションばっかり付いてるんだ?』

それは狭山さんが主に裏垢で俺のノートを見てて、同居人が千歳のことだってわかってリアクションつけてるからですね。

「いや、まあ、その、俺的には書いてて楽しいし、それが伝わる人もいるんじゃないかな」

俺はごまかした。そう、俺にとって楽しくていいことだから、千歳とのなんでもない日常を書いてしまうんだよな。

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