大人に育って助けたい
俺の筋肉痛が治り、擦り傷もまあまあ良くなり、ごく平穏な日常が戻って数日。
千歳は星野さんに会いに買い物に行き、俺は仕事をしていた。
ひとつ構成案を作って一段落つき、マグカップに麦茶を注ぎに台所に行って机に戻ったら、どこからか「精が出るのう」と声がした。
九さんの声だった。
ぽん、と音がして、手の平サイズの九尾の銀狐が机の上に現れた。
「邪魔するぞ、今ちょっとよいか?」
俺は仰天した。
「え、え、もうちょっかい出さないはずじゃ!?」
九さんは鼻を鳴らした。
「金谷千歳にちょっかいを出さんと言ったが、お主にちょっかいを出さんとは言っとらん」
俺!?
小さな九尾の銀狐は、ふさふさのたくさんの尻尾をくるりと体にまとわせた。
「だから、金谷千歳が留守の時を見計らって来たんじゃろうが」
い、一応鉢合わせないように気を使ってくれたのか……。なら大丈夫、なのか……?
「え、えーと、どういったご用件でしょうか……? 私に……?」
「まあ、妾から見て、気づいたことを教えておこうと思ってのう」
そう言って、九さんは今の千歳についていろいろ教えてくれた。
神道では死者の霊はすべて神霊で、朝霧家も神道系なので、千歳は一応神様の一種だそうだ。そして、200年前より明らかに千歳の神格が高くなっているらしい。それは、供え物が定期的に供給されているのが大きく影響しているそうだ。
「千歳にお供え物? 心当たりないですけど……」
「お主、金谷千歳に食事させてるんじゃろ? それじゃ」
「でも、買ってきてくれてるのも作ってくれてるのも千歳ですよ」
「食費は誰が出しとるんじゃ?」
「それは私です」
「じゃあ、供え物扱いじゃな」
「そういうものなんですか……」
世の中、金なんだな……。
九さんはさらに話を続けた。千歳は強い神様になれる素質が大いにあり、宇迦之御魂神に迫る神になれる可能性すらあるそうだ。
そして、神霊には荒御魂という荒ぶる側面と、和御魂という優しい側面があるものらしい。特定の神霊の和御魂の側面を強くするには、その神霊が尊ばれることが必要だそうだ。
「それでな……金谷千歳は、和御魂の側面を強くしていかないと、荒御魂の側面は、正直、手に負えん。もし過去のことを悪いと思うなら、悔いる分の力を人助けに使って、人間から尊ばれるようになってほしいんじゃ」
「はあ……まあ、千歳は困ってる人がいたら、普通に力になろうとする人だと思いますが……」
「しかしなあ、金谷千歳は、あんまり人格や考え方が成熟しとらんじゃろ? 単独で人助けやらせるの、危なっかしいと思わんか?」
「……それは、そうですね……」
千歳は、できることはたくさんあるし、伸びしろもあると思うが、確かに子供っぽいところもある。令和の現代を生き抜くにも、知識的に単独でやらせるのは危なっかしい気がする。
でも。
「私が横についてれば、ある程度のサポートはできると思います。千歳、これまでも学んで変わって行けてるんです、これからも十分伸びると思います」
「うん、まあ、お主は手助けできるじゃろうし、金谷千歳も成長できるじゃろうが、もうひとつ懸念があってのう」
「何でしょう?」
「……災害級の力を持っているのに、人格や考えが未成熟。頭が回る腹黒い人間に目をつけられたら、まずいと思わんか?」
「……!」
た、確かにそういう面もある! まずい! 千歳がこれまでうまくやれてたの、単に、騙してくる悪い人に会わなかったからだ! 千歳、優しくしてあげて、お菓子でもあげたらコロッと行っちゃうところがある!
「だからの、妙な者に悪用されんようにな。気をつけて見てやれ」
「……気をつけます。千歳のそういうところ、気をつけて見て、私ができるだけのことはします、何でもします」
真剣な顔で九さんに宣言したとき、玄関から『ただいま!』と千歳の声がした。
『あれ? 誰かいるのか……え、銀狐!?』
千歳(女子中学生のすがた)は目をまん丸くして飛び上がり、エコバッグを放りだして黒い一反木綿の格好になって、俺に飛びついて巻き付いた。
『何しに来たんだ!? お前変なことされてないか!?』
九さんに言ったり俺に様子聞いたり、忙しいな。
俺は千歳の背中をぽんぽんした。
「大丈夫、なんにも心配ない。九さん、大事なこと、いろいろ教えにきてくれただけだから」
「そうそう、この男、お主のためにできることは何でもするとか言っとったぞ」
九さんはモフモフの前足を口元に持っていって目を細めた。そして、机から降りたかと思うと、ボンと音を立てて、白銀の髪のきれいな女性になった。艶然と微笑む。
「和泉豊。お主、いい男じゃな」
「えっ」
え、そ、そんな事言われたの、二十九年生きてきて初めてなんだが!?
千歳が慌てだした。
『おい、ダメだぞ! いくらきれいでもこいつはダメだ! 狐と人間で子供できるわけないだろ!』
九さんは、わざとらしくしょんぼりした顔になった。
「妾、人間の男と子を生したことあるんじゃがのう……」
『ええっ』
千歳は目を丸くした。なんでそんな、俺の子作りに急展開に話が進むの!?
「いや、あの、千歳、リップサービスだって、そんな本気にしないで、すべてを俺の子作りと結びつけないで」
『そ、そうだな、人間と狐の間の子じゃ、毛むくじゃらかも知れないしな』
うんうん頷く千歳に、九さんはさらに声をかけた。
「見た目は普通の息子じゃったぞ。しかし素質と能力は飛び抜けておってのう、時の帝の病を治したんじゃ」
『ええっ!?』
「まあ、もう千年以上も前のことじゃからな、大した自慢でもないが」
千歳は、九さんと俺の顔を交互に見てものすごく迷っていたが、何かに気づいた顔になった。
『……いや、千年以上生きてる年寄りなのに、子供産めるのか?』
「バレたか」
九さんはぺろっと舌を出した。ていうか、俺不在で俺に子供作らせる話進めるの、やめてくれない?
「まあ、頑張れば子を生すことができんわけでもないが、やめておこう。お主の眼鏡に適う女でないと、和泉豊と子作りはさせてもらえなさそうじゃ」
『別にワシそんなに理想高くないぞ、高いのはこいつの理想だ』
千歳は俺を指さした。
「え、そんな俺理想高い?」
『だって、お前、一緒にいて楽しくて安心できて明るくて元気な女にかまってもらいたいんだろ、そんな女、めちゃくちゃいい女だろ、顔ブスでも帳消しにできるくらいいい女だろ、理想高いじゃないか!』
なんで一言一句間違わないで覚えてんの!?
「いやその、そう言われるとそうなんだけど……参ったな……」
困る俺と俺をどやす千歳のやり取りを見て、九さんは愉快そうに笑った。
「まあ、お主、あんまり結婚の必要はなさそうじゃな」
「えっ」
『必要なくても、させるんだ!』
千歳は高らかに宣言した。
「まあ、せいぜい頑張るんじゃな。それじゃ、失礼するとするかのう」
そして、九さんはふっと消えた。
とりあえず、俺は千歳に、九さんから言われたことを伝えた。千歳は口をとがらせた。
『人助けした方がいいならがんばるけど、ワシ別にそんな子供じゃないぞ!』
「でもさあ、千歳はさ、例えばさ、よく知らない人でも優しくしてくれたら割とコロッと行っちゃうじゃん?」
『そんなことない!』
「でも、千歳の核の人を俺が迎えに行った時も、緑さんが初めて千歳と会った時も、優しくしてあげてお菓子とかあげたら割とコロッと」
『で、でも騙されてないぞ!』
「単に、俺も緑さんも悪いこと考えてない人だったってだけじゃん。悪い人だってさ、優しくしてお菓子あげるくらい、いくらだってできるんだよ?」
『…………』
千歳は黙ってしまった。
『ま、まあ、気をつける……』
「気をつけて。人助けもさ、やり方はなるべく俺に相談してね。そんなに無理しないで、ちょっと人に親切にするだけでも全然構わないから。千歳、普通にしてるだけで人助けすごくしてるからさ」
『え? ワシなんか人助けしてるか?』
千歳はぽかんとした。
「あー、その……」
自覚ないのか……。
「まあ……俺も人なわけで……千歳は祟るためなわけだけど、俺は千歳がいてくれてすごく助かってるから……」
改めて言うのも気恥ずかしくて、ぼそぼそ言うと、千歳はさらにぽかんとした。
『だからあんな痛いのに突っ込んだのか!? 恩返しだったのか!?』
「まあ、そういう側面もあるかな」
そう言うと、千歳は目を丸くし、口をぱくぱくして、『そ、そんなに……?』と呟いた。
……まあ、そんなに、かな。
千歳がいてくれて、俺、すごく救われてるんだよ。
俺を救ってくれた、本当に大事な人。その人のためだったら、体張るくらい、なんでもないんだ。
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