番外編 銀狐、九の実感

痛みに触れた和泉は、弾かれたようにふっとんび、倒れ、泡を吹いて痙攣しだした。

「こ……この馬鹿!!」

妾は慌てて和泉に駆け寄った。しかし、こいつから痛みを抜いてやるには精神を集中しなければならず、こちらに精神を集中するととても怨霊を縛り続けられない。

怨霊は、神木が折れるのではないかというくらい暴れながら、悲鳴のような叫び声をあげていた。

『おい!! おい!! やめてくれ!! そんな!!』

妾は舌打ちし、指を鳴らして怨霊の縛めを解いた。

「おい、こいつを押さえろ! そうしないと痛みを抜いてやれん!」

『……!!』

怨霊は痙攣する和泉に飛びつき、その体を抱きしめるように押さえた。

「しっかり押さえていろ!」

痛みの塊に触れても、痛いだけで体の損傷はない。しかし致命傷を与えられた人間二十九人分の痛みだ、衝撃で心臓が止まってもおかしくない。急いで痛みを抜かないと、この男の命が危ない。

和泉は、怨霊に押さえられながらもがくがく痙攣して泡を吹き、吐瀉物も撒き散らし始めた。

妾は和泉の頭に手をかざし、精神を集中した。しばらく探って、なんとか痛みの塊をとらえる。

「ええい!」

和泉の体からずるっと痛みの塊を引き出し、勢いで妾は尻餅をついた。取り出した痛みの塊は、ひと回り小さくなっていた。

和泉は、怨霊の腕の中でぐったりしていた。

「おい! そいつ息しとるか!? 心臓動いとるか!?」

妾は尻餅をついたまま怨霊に叫んだ。

『おい! しっかりしろ! おい!』

怨霊は泣きそうな顔で和泉の体をを揺さぶり、和泉の背中を叩いた。和泉は大きく咳き込んで、喉に詰まっていたらしき吐瀉物を吐き出した。

怨霊は、咳き込み続ける和泉を抱いて彼の背中をなでる。とりあえず息はしている、これなら心臓も動いている、ひとまず大丈夫。妾は胸をなで下ろした。

一息ついて、なんでこの男は自由になれたのか、と気になった。鳥居の方を見ると、そこには財布と松の葉でできた五芒星が落ちていた。近寄って拾い上げてみると、五芒星から怨霊の気配がする。

妾はため息を付いた。これで縛めを切るかなにかしたのか。傷つけないようにと毛皮で縛ったのだが、もっときつく縛っておけばよかった。

拾った財布と五芒星を手に怨霊のもとに歩み寄り、妾は吐き捨てた。

「こんな馬鹿とは思わなかった! 大人しくしておれば良いものを!」

大声を出したせいか、ぐったりしていた和泉が呻いた。怨霊が騒いだ。

『おい!! 大丈夫か!? おい!!』

うっすら意識を取り戻したらしい和泉は、視線をさまよわせ、もつれた舌で言葉を紡いだ。

「ち、ちとせ、ら、らいじょうぶ……?」

……こいつ、死んでもおかしくないほどの痛みを味わって、真っ先にするのが怨霊の心配か?

お前は、そんなにこの怨霊が大事なのか?

ああ、もう! これでは、妾が悪者ではないか!

妾はため息をつき、怨霊に言った。

「……そいつについていてやれ。ふたりとも、元の世界に戻してやる」

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