服装ちゃんとしときたい

明後日、ゴディバのビスキュイ詰め合わせ(千歳セレクト)を持って金谷さんちに挨拶に行くわけだが、服装にかなり悩んでいる。

「どうしようかなあ、スーツだと気を使いすぎかなあ、でもジャケットにスラックスもなんかなあ……」

金谷さんからは、気を使う必要は全然ないと言われてるのだけど、同時に、お二人とうちの家族の顔合わせがしたいのでお茶でも飲んでいってくださいと言われている。装いにかなり困るやつだろ、それ。

夕飯後のまったりタイムに服装のことを話題に出すと、千歳(黒い一反木綿のすがた)が不思議そうな顔をした。

『お前、背広あるのか?』

「あるよ、コロナ前まで普通にリーマンだったもん」

『そういや、そうか』

千歳は少し考える顔になり、言った。

『お前、背広着たらどんなふうになるんだ? 見たい』

「別に、どうもならないけど?」

『だって、普段見てるのが部屋着ばっかだから、きちんとした格好そんなに見ないし』

千歳は口をとがらせた。まあそれもそうだな……今も上Tシャツに下スウェットだしな……。

「うーん、金谷さんちに来ていくかどうかは別として、今ちょっと着てみようか?」

ずっと袖通してないし、もし着ていくなら不具合があったら困る。今のうちに一度着たほうがいいだろう。

『うん! 見たい!』

アラサー男のスーツに何も見どころはないと思うが、千歳はずいぶん期待した顔だ。

「じゃ、ちょっと探してくる」

和室のクローゼットに行って、引っ越しの時奥の方に入れてもらったスーツを探し出す。まだ春だけど、洗ってカバーかけてある夏スーツの方がいいな、確か冬スーツは退職したあと、放って置きっぱなしだし。

ハンガーごと取り出して、ネクタイも適当にひとつ出して、そのまま洗面所で着替えて千歳の前に行った。

「こんなもんだよ」

『おおー!』

千歳は拍手した。

『普通のサラリーマンに見える!』

「そりゃ、普通のサラリーマンだったもん」

『ちゃんと着こなせてるな、それで金谷家行っても別に大丈夫じゃないか?』

「そうかなあ」

かしこまり過ぎでは? と思うが、でもラフすぎる方向にミスるより、かしこまりすぎた方向にミスるほうがマシかもしれない。

「うーん、やっぱスーツで行こうかな。ていうか……」

俺は千歳を改めて見た。今は黒い一反木綿なので服装もへったくれもないが、男の姿でも女の姿でも、デニムとかハーフパンツとか、割とラフな格好の千歳である。

「千歳はさ、どんな格好で行く?」

『ん? これ』

千歳は立ち上がり、ぼんと音を立てて女子中学生の格好になった。

『これなら怖がらせないし。それにまだちょっと子供だから、優しくしてもらいやすいし』

いや、そういう意味ではいいんだけど、服装だよ。女の子の服装には詳しくないけど、さすがに、チュニックと七分丈デニムは養子にしてくれた人んちに挨拶に行くにはラフすぎると思うよ。

「うーん、千歳もさ、服装もう少しかしこまったほうがいいんじゃない?」

『うん、だから、当日はこれで行く』

千歳はもう一度ぼんと音を立て、今度はブレザーの制服姿になった。

『近所の中学の制服マネした! 制服ならどこでも来ていけるだろ? 葬式も結婚式も大丈夫だ!』

「な、なるほど……」

紺のジャケットに紺の膝丈スカート。胸元のスクールリボンは濃い緑色。服装としては完全にその辺の中学生だが、真面目な着こなしだし、制服はどんな正式な場所でも着ていけるというのはその通りだ。

「それなら服は心配いらないや、じゃあスーツと制服で行こう」

『うん!』

服装の懸念がなくなってホッとした。あ、でも、当日はこの格好で外を歩かなければいけないわけで、休日とはいえ昼間に制服の女子中学生連れて歩いてるスーツのアラサー男はかなり怪しい目で見られるのでは……?

どうしようかな、千歳はどこでだって変身して人相も服装も変えられるけど、外でやったら大騒ぎだからな。

うーん、職質でもされない限りは割り切るしかないか。怪しい目で見られても、甘んじて受け入れよう……。

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