身分証明作りたい

南さんから連絡があり、やっと千歳の戸籍登録が完了したとのことだった。証明の書類を持ってきてくれるそうだ。

「遅くなりまして申し訳ありません。こちら、戸籍謄本と住民票です。マイナンバー申請書と健康保険関連も入ってます」

南さんは玄関先でにこやかに語り、結構分厚い封筒を差し出してきた。

『ありがとう、開けて見ていいか?』

千歳(女子中学生のすがた)は嬉しそうに封筒を手に取った。

「どうぞ。余計かもしれませんが、金谷姓の印鑑も作っておきました」

それはかなり助かるやつではないか。最近は印鑑廃止や電子印鑑も増えたが、なんだかんだでハンコが必要な場面はなくならない。

「ありがとうございます、助かります。よかったね千歳、これでいろんな個人証明できるよ」

『銀行口座作れるんだよな?』

「うん、でもマイナンバーカードができてからだな」

こないだ駅前の銀行で確認して、銀行口座はマイナンバーカードのみ、もしくは住民票と健康保険証があれば作れるとわかっているのだが、健康保険加入には顔写真付き身分証明書が必要というトラップがあった。千歳が運転免許証やパスポートを持っているわけもなく、すべてはマイナンバーカード頼みである。

南さんは帰り際に「よろしければお二人でどうぞ」と霧笛楼のフォンダンショコラ詰め合わせをくれて、千歳はずいぶん喜んでいた。


さて、もらった書類をテーブルに広げて、確認や申請の予定立てである。

「うん、ちゃんと揃ってる。マイナンバーカード、あとは顔写真があれば俺のスマホで申請できるから、千歳の写真取らせてくれない?

千歳はびっくりした顔になった。

『え、そんなんでできるのか? 役所行かなくていいのか?』

「今はネットで申請できるよ、カード出来たら多分区役所まで取りに行かないといけないけど」

『へええ、令和って便利だな……』

千歳は感心したようにつぶやいた。

「でさ、写真取れば申請できるんだけど、写真、千歳はどの顔にすればいいかがちょっと困るんだよな」

俺はぼやいた。一緒に暮らしてると千歳の七変化に慣れてしまうし、千歳はどんな姿でも言動が変わらないから違和感がないのだが、証明書となると、さすがにひとつの顔を選ばないといけない。

『あ、それはそうだな、どうしよう』

二人で首をひねる。

「コロコロ姿変わるのはさ、特殊メイクとコスプレが趣味ですでごまかすにせよ、十八歳って言って違和感なくて、あと、男でも女でもいける顔にしなくちゃならないからな……」

『うーん、そうだなあ、どうしようかな』

「まあ、正直にやるなら千歳の核の人の顔で申請すべきなんだろうけど」

『え』

千歳は身を固くし、顔を横にぷるぷる振った。

『あの格好やだ、垢まみれだし、髪ぼさぼさだし』

「お風呂入ればきれいになるじゃない」

身繕いすれば、十分まともになると思う。まあ、十八歳と言い張るには幼いけど。

『それでも、やだ』

千歳は両手をもじもじした。千歳は核の人の見た目、もしかしてあんまり好きじゃないのか?

別に変にコンプレックス持つことないと思ったが、本人は気になるのかもしれないし、本人が嫌がってる顔を選ばせるのもかわいそうだ。俺は話を別に持っていった。

「じゃあ、十八歳で違和感なくて、男でも女でも行ける顔の、いい感じの顔ない?」

『うーん、こないだ旅行に行った時の男の顔じゃダメか? 顔だけなら割と女顔だし、少し髪長めにしたら女って言い張れなくもない気がする』

あの時の顔か。普段千歳がなってる女子中学生とか女子大生の顔とそっくりだし、まあ、身分証明用には最適かもしれない。ごついヤーさんの格好になってる時は少し困るけど。特殊メイクとコスプレが趣味です、で押し通すしかないけど。

「じゃ、それで行こう。一応身分証明だから、後ろに何もないところで、真面目な顔して」

千歳(男子大学生のすがた)(やや髪が長め)に白い壁紙のふすまを背にして立ってもらい、俺のスマホで何枚か写真を撮って、一番いいのを選ぶ。申請サイトを開いて、書類の内容を入力する。

「パスワードも決めて入れなきゃいけないから、それは千歳が決めて入れて」

俺はスマホを千歳に渡した。

『えー、いきなり言われても困る』

千歳は口をとがらせた。

「俺が決めてもいいけど、そうすると俺も千歳のパスワードわかるから、千歳のマイナンバーカードで好きにできちゃうよ?」

『お前、そんなことしないだろ?』

唐突に真っ直ぐな信頼の言葉を投げられて、俺はうっとなった。

「いや、その、しないし、したくないけど、可能性をそもそも作らないほうがいいんだよ、こういうのは」

『うーん』

「俺、あっち向いてるから」

令和のコンプライアンスを心中で唱えて、頼むから千歳自身でやってくれと祈って、千歳がいる方とは反対を向くと、千歳は慣れないインターフェイスながら、なんとか入力したようだ。

『入れた!』

千歳からスマートフォンを返される。続きは全部俺がやって、申請が完了した。

「これで出来たよ。マイナンバーカード、できるまで一ヶ月くらいかかるって」

『じゃ、銀行口座は先かあ』

千歳は、ふと何かに気づいた顔になった。

『あのさ、忘れてたけど、金谷って奴の実家にお礼に行くって話しなかったか?』

「あ、そうだ、コロナ少ないうちにしないとな。金谷さんに連絡しようか?」

『うん、してくれ! 持ってくお菓子見繕ってあるから、明日にでも買ってくる!』

金谷さんに連絡したら快諾され、俺たちは近いうちに金谷家にあいさつに行くことになった。

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