番外編 金谷千歳の決意
祟ってる奴は、割と平気そうな顔で病室から戻ってきたけど、ワシはずっと心配で、ぐるぐる考えていた。
こいつがあんなに辛かったこと、なんにも気づかなかった。飯作ってやったり、家事してやったり、たまにマッサージしてやったりして、体をよくしてやれば、結構楽しく暮らしてると思ってた。
なんで気づかなかったんだろう。体悪い、金ない、友達いない、趣味もない、親はあくどいことして稼いでて仲悪いじゃ、人生嫌になっても仕方ないじゃないか。なんで飯がうまいとか話してて楽しいとかだけでいけると思ったんだ、ワシは。
でも、こいつが人生嫌になっていなくなったら嫌だ、すごく嫌だ、なんていうか、こいつはいるのが当たり前なんだ、いなくなるんじゃないかなんてこれまで考えたこともなかった、いなくならないで、いなくなっちゃ嫌だ。
『なあ、お前、体と意識がぶれてる以外は大丈夫なのか? どっか痛いとかないか?』
でも、こんなことしか聞けない。どうやって助けてやればいいんだ、生まれてこなきゃよかったとまで思いつめてる奴を、どうやってすくい上げてやればいいんだ?
祟ってる奴は、ちょっと笑って言った。
「大丈夫だよ、どこも打ったわけじゃないし、検査も全部異常なかったしさ」
こいつは、いつも割と穏やかで優しいと思う。だから、大丈夫なんだと思ってた。でも、本当は生まれてこなきゃよかったって考えてた。全然大丈夫じゃなかった。こいつの見た目、全然信用できない。
『でも、でもさ……』
お前、平気な顔して本当は全然大丈夫じゃないじゃないか。ていうか、死んだらワシに貯金とか全部もらってくれなんて言ってるじゃないか。いらんそんなの、そんなことより、いなくならないでくれよ。それだけでいいよ。
祟ってる奴は、少し首を傾げて聞いてきた。
「それより、千歳こそ大丈夫だったの? なんか、悪……俺のこと拉致った人、追いかけてちぎったって聞いたけど」
『あんなの、何でもない……』
追いつくのは少し大変だったけど、なんでもない。こいつに比べたら、本当になんでもない。
なんて言えばいいのか分からなくて、また泣きそうになって、でもこいつの前で泣いたら余計負担かけそうな気がして、口をぐっと結んでうつむいた。
そしたら、祟ってる奴が、なんかわざとらしくでかい声を出した。
「えっと……すごく星出てるね! 多分明日もいい天気だな! 帰ったらまた千歳のおいしいご飯食べれるし! 生きててよかった!」
ワシはびっくりしたけど、すぐにものすごくやりきれない気持ちになった。
『……お前、そんなこと思ってもないんだろ、変に空元気出すなよ……』
うまいもの作ってやりたいけど、ワシはこいつにそれくらいしかできない。これまでも、そこそこうまい飯作ってたと思うけど、そんなんじゃ全然足りないんだ、本当は真っ黒な気持ちで生きてたこいつは、全然そんなんじゃ助けてやれなかったんだ。
泣かないようにしようと思ったのに、頬をつたってポロポロ涙が落ちてしまった。祟ってる奴は、いっそ面白いくらいおろおろしだした。
「ごめん泣かないで、心配かけてごめん、俺大丈夫だから、本当に大丈夫だから、泣かないで!」
『全然大丈夫じゃなかったじゃないか!』
生まれてこなきゃよかったなんて、そんな絶望、ワシの中にいる奴らですら味わったことない。そんなに真っ黒い気持ちになってたのに、ずいぶん長くそばにいたのに、なんにも気づかなかったなんて。
祟ってる奴はめちゃくちゃあわあわし、タクシー待ちの人に注目されたらしくてもっと慌てて、ぐすぐす鼻をすするワシの腕を強くつかんだ。
「あのっ、俺、確かに半分死んでるような人生だったけど、千歳が来てから俺、すごく楽しいんだ、家事いろいろやってくれてすごく助かってるし、毎日おいしいご飯作ってもらえるし、いつもかまってくれるから寂しくないし、だから、俺、千歳がいてくれたら大丈夫なんだ、すごく! だから、ごめん、泣かないで! あ、そうだ、ティッシュ!」
祟ってる奴は、肩掛けのバッグに手を突っ込み、しばらくごそごそしてポケットティッシュを差し出してきた。反射的に受け取って、顔がべしょべしょなのに気づいて、涙拭いて鼻をかんだ。どうしよう、こいつの方が辛いのに気を遣われてしまった……。
祟ってる奴は、ワシが落ち着くまで待つことにしたようで、しばらく黙っていたけど、やがて真剣な顔で言った。
「俺、千歳がいてくれたら頑張れるからさ、人生なんとか頑張るからさ、そんな顔しないで、泣かないで、ごめん、心配かけて本当にごめん」
嘘じゃなさそうだった。
ワシは、祟ってる奴をしばらくじっと見た。
『……あのさ』
「何?」
『ワシがうまいもの作ったら、楽しいか?』
「楽しい。いつもすごく嬉しい」
『ワシがお前にかまってたら、大丈夫なのか?』
「すごく大丈夫。千歳のおかげでだいぶ健康になってきたし、それに、千歳がいてくれると、なんていうか、仕事の張り合いが出るんだ」
『いるだけで?』
「うん」
祟ってる奴は、ワシのことを見つめて、大きくうなずいた。
嘘じゃないと思う。じゃあ、これまでみたいに面倒見てやって、たくさんかまったら、こいつは大丈夫になるのか? 今はまだ辛くても、続けてやったら、すくい上げてやれるのか?
ワシは、ワシの腕をつかんでる祟ってる奴の手を、少し触った。
『……今日の夕飯、揚げないで作る唐揚げ作ってやるから』
「え、本当?」
祟ってる奴は、明らかに嬉しそうな声を出した。
『油全然使わないのだからな、お前が食べても大丈夫なやつだからな。それなのにさくさくだからな、あとは焼くだけにしてあるから、すぐ食えるからな』
飯作るの頑張ろう。こいつの喜ぶもの、たくさん作ってやろう。
たくさんかまってやろう。そのうち、友達作りとか趣味作りも手伝ってやろう。そしたら、もっとこいつは大丈夫になる。優しくていい女探してくっつけてやったら、もっともっと大丈夫になるし、そんな女と子供作ったら、子供がかわいくて、いなくなるなんて絶対考えなくなるだろう。
こいつに楽しいこと、いいこと、たくさん作ってやろう。そしたら、こいつは生きていたくなって、いなくならないはずだから。
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