あなたに安心してほしい
……体に重みが戻る。何かモニターしているような電子音が聞こえる。
目を開けると、知らない天井と、吊り下げられた点滴の袋と、その隣に心電図らしきモニターが見えた。
俺はあわてて起き上がって、声をあげた。
「すみません起きました! 大丈夫です! 誰かいませんか!?」
あ、ナースコールとかあるのか? それ押せばよかったか? と思ってる間に、看護師さんらしき人がすぐやってきた。
「大丈夫ですか、お名前と生年月日は言えますか!?」
「え、えっと和泉豊です、一九九五年五月……」
身元確認から、意識を失うまでの間のことをいろいろ聞かれた。病院側に俺の情報がないんじゃなくて、多分、俺の記憶とか意識が混乱してないかどうかを見ているんだろう。
別に嘘はつきたくないものの、悪霊関連のことをどうごまかそうか考えつつ答えてる間に医者も来た。俺に問診しつつモニタをチェックしている。俺の点滴や胸のセンサーは、しばらく取ってくれそうにない。どうしよう、取ってくれないと自由に動けない、俺、千歳にすぐ会いに行かなきゃいけないのに!
「あの、すみません、俺同居人に会わないといけないんです、会えませんか?」
言ってから、こういう、病院の付き添いってもしかして親族とかじゃなきゃだめなのか?と頭に浮かんだ。単に同居してる他人じゃ入れてもらえないのか? そんな、親より会いたい相手なのに!
医師は、少し困った顔で答えた。
「いえあの、コロナ禍なので、面会は原則遠慮していただいてます」
そっちかー! じゃあなんとかして、俺のほうが病院を出ないといけない。
医師は重ねて聞いてきた。
「和泉さん、体に違和感や痛みはありませんか?」
「ええと……」
痛みは特にないが、手を握ったり開いたりしてみる。既視感のある違和感。夢の世界から戻った時と同じように、体の動きがなんだかぎこちない。
「えっと、ちょっと体の動きが変ですが、半日もすれば元に……」
医師が眉にシワを寄せた。
「頭のCT、もう一度取りましょう」
しまった、頭の怪我を疑われた!
「退院させてもらえないんですか!?」
「もう一度念のために検査します、頭の怪我は大変ですから」
「頭打ってません! 打ってないんです!」
医師は、俺を安心させようとする笑みを浮かべて言った。
「すぐ済みますから、大丈夫ですよ。今機械空いてますし」
物腰は柔らかいけど、絶対に検査はするという意志を強く感じる。そりゃ、さっきまで意識なかった人間が体の違和感訴えたら、一番怖いのは確かに脳出血だろうけどさ!
「……すぐ検査終わらせてください、異常なかったらすぐ退院させてください!」
千歳に会わなきゃ、早く会わなきゃ、会って、ちゃんと俺は大丈夫だよって安心してもらわなきゃ。
じりじりしながら問診を受け、CTの機械に入って、異常なしの検査結果を聞いた。さらに問診を受けて、いくつか書類を書いて、荷物を返され、しばらく待ってからやっと開放された。荷物を持ってきてくれた看護師さんが言う。
「お連れの方、一階でお待ちだそうですよ」
どちらにせよ、一階の受付で会計しないといけないそうなので、まずはエレベーターで下に降りる。
エレベーターの中で、自販機のそばを探せば千歳に会えるかな、と思っていたら、エレベーターが開いてすぐ、エレベーターホールにいる千歳の姿が目に入った。
千歳(女子大生のすがた)は、俺の姿を認めて、エレベーターを出た俺に飛びついてきた。
『おい! 大丈夫か!? 平気なのか!?』
「あ、うん、大丈夫……」
出鼻をくじかれて、決まらない返事しかできなかった。よく見ると、千歳の目はまだ赤い。俺は息が詰まった。
「大丈夫だよ、検査でもなんともなかった、ごめん心配かけて」
だから泣かないで、と言いかけたが、いや、さっき幽体離脱してて千歳を見たって言わなかったら通じないよな、どう説明しよう、と俺は一瞬迷った。
千歳は、すごく心配そうな顔で俺の腕を触ってきた。
『つらくないか? 本当に大丈夫か?』
「えっと、実はその……前に夢の世界連れてってもらった時みたいになってて、ちょっと体の動き方がまだ変」
『全然大丈夫じゃないじゃないか!』
南さんが近づいてきた。千歳の近くにいたらしい。
「お久しぶりです和泉さま、千歳さん、病棟から連絡受けて、ずっとここで待ってたんですよ」
「え、そうなんですか……」
だから千歳、エレベーターホールにいたのか。え、待て、いつ連絡行ったか知らないけど、じゃあ千歳は、俺が降りてくるのずっとエレベーターホールで待ってたのか?
「ごめん、本当に心配かけてごめん千歳」
泣き腫らした顔でずっと待っている千歳が想像できて、俺は胸がぎゅっとなった。
千歳がまた泣きそうな顔で俺の腕を握った。
『帰ろう、遅いからもう帰ろう、すぐ飯作ってやるからな』
南さんが財布を取り出した。
「その、病院代は私どもが支払わせていただきます。私どもが同行をお願いしなければ、和泉さまは巻き込まれなかったので……」
「え、いいんですか?」
「大丈夫です、和泉さまがいなかったら、悪霊をすぐ確保できなかったとも言えるので。ただ、領収書が必要なので、お会計に同行させていただけますか?」
千歳が俺を励ますように言った。
『病院代タダだぞ、大丈夫だからな。だから早く済ませて帰ろう』
肘のところを千歳に強く握られる。うるんだ目が俺を見上げる。俺はかなり困ってしまった。いや、千歳を慰めたかったんだけど、それ以前の情けない問題があって。
「あの、千歳、ごめん、しばらくしたら治るとは思うんだけど、まだ体動かすと変で、一人で長く歩くの怖いんだ……。千歳の腕につかまらせてくれないかな」
千歳は目を見張り、あわてて俺の腕を離した。
『いいぞ、ほらワシの腕つかめ、担いでやってもいいぞ!』
千歳は、自分の二の腕を誇示するように差し出す。
「えーと、今の千歳が俺担ぐのはちょっと……気持ちはありがたいけど……じゃあ、その、家帰るまでよろしく」
千歳の腕につかまり、ゆっくり歩いて会計の受付まで行って、会計して、南さんが支払って領収証を受け取る。
南さんが財布をしまいながら言った。
「すみません、ご自宅まで車で送らせていただきたいのですが、私どもは他の病院の被害者も見て回らないといけなくて」
「あ、いえ、大丈夫です、適当にタクシーとか拾いますので」
大きい病院なら、多分タクシーが巡回してるだろう。あんまり歩けなくて車で移動したい患者なんて、いっぱいいるだろうし。
『玄関の脇にタクシー乗り場あるぞ、そこ行こう、そんですぐ帰ろう』
促す千歳に従って外へ出る。外は暗く、完全に夜だった。
タクシー乗り場はすぐ近くにあったが、ずいぶん人が並んでいて、それなのにタクシーは来ない。しばらく待ちそうだ。
『遅いな、ワシお前持って、家まで飛んでやろうか? そしたらすぐ帰れるぞ?』
こっちを見て真剣に言うあたり、俺がうんと言ったらマジでやるな千歳は……。まあ、できるんだろうけど、やったら大騒ぎだよ……。
「いや、大丈夫だよ、待てるよ」
……というか、どうしよう。千歳はずっとはらはらしたような顔で俺を見ている。俺、全然千歳を慰められてない。安心させてあげられてない。
どうすればいいんだ。俺は大丈夫だよ、千歳がいてくれれば大丈夫なんだよ、だからそんな顔、しないでくれ……。
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