罪悪感がはなれない
何が起こっている?
何もわからない。俺は冷や汗が背中を伝うのを自覚した。
毎日更新していたのに、それが止まったアカウント複数、そのアカウントの実名を突如ツイートしだしたアカウント。更新の止まったアカウントの一部は本人が行方不明。何らかの関連があってもおかしくないが、あまりにも情報が少なすぎる……。
考え込んでいたが、怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)に声をかけられて、我に返った。
『おい、夕飯だぞ。そろそろ仕事切り上げろ』
「あ、ごめん……」
全然仕事に手がつかないで、二時間以上経過していた。まずいな……。
千歳が配膳する間に、こたつの食卓からノートパソコンをどけて、箸を出したり飲み物を出したりして、いただきますをする。けんちん汁とブリの照り焼きと、小松菜のごま和えに切り干し大根の煮物。純和食で、おいしい味だとわかるのだが、全くおいしく味わえない。さっき見たのは、一体何だったんだ?
千歳(幼児のすがた)が、切り干し大根をつつきながら、気づかわしげに俺を見た。
『おい、やっぱり今日、調子悪いのか? 帰ってきてから、ずっとおかしいぞ』
「……ごめん、調子悪いわけじゃないんだけど……」
どこから話せばいいのかわからない。今日は衝撃的なことが多すぎる。
『おまえが辛気臭い顔で飯ぼそぼそ食べてる時は、たいてい調子悪い時だ』
千歳はふくれた。どうしよう、調子悪いわけじゃないんだけど、ちゃんと説明したほうがいいよな。でも、何をどう話そう……。
少し考えて、俺はこう言った。
「……調子悪いんじゃないんだけど、今日ちょっといろいろあって……あの、どこから話せばいいかわからないし、辛気臭い話だからご飯時にする話じゃないんだけど、ちょっと整理するから、食べ終わったら話聞いてくれないかな……」
千歳はうなずいた。
『まあ、話せ。聞くだけ聞く。皿洗うのやってやるから、整理とかしてろ』
「ありがとう」
『調子悪いんじゃないんだな?』
「それは大丈夫」
『まあ、ならいい。整理できたら、別に食べてるときに話してもいいからな』
「ありがとう」
とりあえず食べ終わって、ごちそうさまをして、食器を下げた。千歳が手際よく食器を洗って、こたつでしょぼくれている俺のところに戻ってくる。
『整理できたか?』
「うーん……とりあえず、話せるところから話すよ……」
まとまらないながら、俺はぼそぼそと話した。小学校の時の友達のお母さんを郵便局で見たこと。俺は、小学生の頃、母親が望むとおりのアロマオイル狂信言動をして、ママ友会でずいぶん母親のママ友を勧誘していたこと。その中に、友達のお母さんがいたこと。俺が母親の望む通りに動いて、彼女にいろいろ吹き込んで勧誘したせいで、友達の家庭をおかしくしたこと。友達のお母さんは別居になり、今日の時点で彼女は旧姓らしき名字に変わっていたこと。
「離婚したんだと思う。俺、友達の家をめちゃくちゃにしたんだよ」
懺悔のような気持ちで、俺は言った。千歳は、なんと返事すればいいかわからない、という顔でずっと聞いていたが、やがて言った。
『でも、悪いのはさ、お前っていうより、お前にそういうことしろってずっとやってたお前のお母さんだろ? いや、人の親悪く言うのもあれだけどさ……』
そうかな? 本当にそうかな?
そもそも、母親がおかしくなったの、俺を産んでからなんだ。乳児の頃の俺の体重がなかなか増えなくて、心配であらゆる方法を試したらしい。その中で、変な療法に傾倒して、俺が物心つく頃には立派なアロマオイル狂信者のエセ医学信望者になっていた。
俺が生まれなかったら、母親はまともなまま生きてたんじゃないだろうか。俺が生まれなかったら、おっくんの家庭は平穏なままだったんじゃないだろうか。俺が生まれさえしなかったら、両親は夫婦仲だけは割と良好だし、子供いなくてもそれなりに幸せに、まともに生きてたんじゃないだろうか……。
黙り込んでしまった俺を見て、千歳は慰めるように言った。
『なんていうか、お前がそこまで罪悪感持たなくてもいいんじゃないか? 他にも聞いてほしいことあるなら、聞くだけは聞くぞ?』
そうだ、聞いてほしいことはもうひとつあった。あまりにも不可解で、不気味なこと。
「あの、聞いてほしいこと、もうひとつあるんだけど……」
そう言った時、俺のスマホが震えた。着信を示す震え方だった。
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