冬はこたつに入りたい

朝ごはんの時、怨霊(幼児のすがた)(命名:千歳)が箸を転がして落としてしまった。

『あ、まずい、洗ってこなきゃ……あれ?』

「どうしたのさ?」

食卓の下に潜って箸を拾った千歳が、何か見て、変な声を上げた。

『今気づいたけど、このテーブル、ヒーターついてる! これ、こたつなのか?』

「あ、うん、一応……」

『最近足元寒いし、これちゃんとこたつにしよう! こたつ布団とか、どこにあるんだ?』

「あ、うん、こたつ布団はあるけど、こたつはちょっと……」

俺は少し困りながら答えた。こたつはもうずっと使っていない。大学になって初めての冬に一度だけ用意したが、その時以来だ。

千歳は台所に行って箸を洗いながら言った。

『なんだ? いやか? あ、電気代か!? 最近高くなったもんな、でもそれならワシも多少出すし』

「いや、こたつ出したら多少暖房削減できるからそれはいいんだけどさ、その……」

俺は口ごもった。

『なんだ? 何かあるのか?』

千歳が箸を洗い終わって食卓に戻ってきた。

「いや、こたつはその、良すぎるから……」

『……良すぎる?』

首を傾げる千歳。そりゃ、まあ、あんまり理由に聞こえないよな。

「あの、なんていうか、良すぎて出られなくなって、何もできないから……」

大学生初めての冬で、祖母に買ってもらったこたつを使い、あまりにも良すぎて出られず、生活に支障が出そうになった。それから思い切ってこたつと決別し、このこたつテーブルは食卓としてしか使っていないのだ。

千歳が洗った箸を手に食卓に戻ってきた。

『でも、今は家で仕事なんだし、そんなに外にも出ないし、パソコンこたつに持ってきて仕事すればよくないか?』

「うーん、すんごい誘惑だ……」

俺が仕事に使っているのはノートパソコンなので、移動しての仕事は普通にできる。まあ、食事の時はパソコンに料理や飲物をこぼす事故を防ぐためにパソコンを移動させる必要はあるが。あと、腰が椅子でなくて床に長時間座ることに耐えられるかと言うのはあるが……。あと、冬の間はダブルモニタ導入は諦めないといけないが。まあ、ダブルモニタ導入は、やりたいと思いつつずっとやってないけど……。

いや、でも、俺が使うかどうかはまた別として、千歳がこたつ使いたいなら使ってほしい。こたつが気持ちいいのはすごくわかるし。

「うーん、でも、俺が使う使わないは別に、千歳がこたつ使いたいなら使って。こたつ布団、捨てないで押し入れにしまってあるし」

『じゃあ、一度それ干したら、こたつつけるぞ!』

というわけで、朝ごはんのあと、俺が食器を洗う間に千歳(ヤーさんのすがた)は押し入れを開けて、こたつ布団とこたつの下に敷くカーペットを発掘し、いそいそと干した。いい感じに干し上がったらしく、昼過ぎにはこたつが完成した。

千歳(黒い一反木綿のすがた)は、チョコミントココアを入れたコップと一口チョコとクッキーを用意して、万全の準備でこたつに入り、ぐでんぐでんに溶けて、にやけた。

『最高だな、こたつ……これでみかんがあったら完璧だな……』

「みかん買う?」

『あのな、星野さんがな、次会ったら旦那さんの実家で取れたみかんくれるって』

「お世話になりっぱなしだな……」

『お前も、パソコン持ってきて入れ』

「そんじゃ、まあ、ご相伴に預かります」

俺はノートパソコンを抱えて、食卓兼こたつテーブルに置き、こたつ布団をめくって足を入れた。……下半身がぽかぽかに包まれる。こたつ布団もふかふかだし、最高だな、もうこれは出たくない……。

夕飯の支度にはまだ時間があるし、千歳はしばらくこたつでまったりしたいようだ。そうだ、時間あるなら、俺に何かあった時、貯金その他諸々千歳にもらってほしいってこと、今話して了解取っておいたほうがいいな。南さんにまだ相談してないけど、こういうのは当人の了解取ってから話進めた方がいいし。

なので、俺はパソコンを閉じて、口を開いた。

「あのさ千歳、頼みたいことというか、聞いてほしい話があるんだけど」

『何だ?』

「あの……俺、両親と関係悪いってこと、前に言ったじゃん」

『うん、まあ、聞いた。お前もいろいろあるんだな』

千歳はチョコミントココアをすすった。

「でね、お祖母ちゃんがさ、持ってる貯金、遺言で俺に遺すって言うから、俺、相続関係の法律調べたんだ」

『うん、そうなのか』

「特に遺言なしで誰かが死んだ時、配偶者も子供もいないってなると、その人の親に全部相続になるんだって」

『うん』

「俺、千歳のお陰で奨学金全部返せて、だから俺に何かあっても、残るのは貯金と家財道具だから、多少はプラスになるんだ」

『うん……うん?』

千歳は訝しげな顔をした。

「俺、両親に俺のものが渡るの嫌なんだ。だからさ、法律関係のことはちゃんと処理しておくし、遺言とか必要なら残しておくから、千歳、俺に何かあったら貯金とか、全部もらってくれないかな」

ガシャンと音がして、千歳はチョコミントココアのコップを取り落としてしまった。

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