あなたと共に過ごしたい

『ただいま! 星野さん、おばあちゃんになったって!』

Amazonから届いた大きな段ボールをどこに置こうか迷っていたら、怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)が買い物から帰ってきて、玄関を開けるなり言った。

「あ、お孫さん無事に生まれたんだ?」

『うん、いまコロナで面会させてもらえないから、娘さんが孫連れて退院したらめちゃくちゃ可愛がるんだって!』

「お祝いとか、渡したほうがいいのかねえ」

『何がいいかなあ……あ、それお菓子か?』

千歳はエコバッグを冷蔵庫前に置き、俺の方に寄ってきた。

「うん、お菓子。開ける?」

『うん!』

俺はダンボールを千歳の方に押した。千歳は慌てて手を洗って、ワクワクを抑えきれない顔でダンボールを開け始めた。

『わー、本当にいっぱい入ってる! これクッキーの缶か? このシュトーレンってやつ、なんだ?』

千歳には、シュトーレンと、メリーチョコレートの一口チョコ詰め合わせと、ヨックモックのクッキー詰め合わせと、おまけに飲み物類を頼んだ。それなりにお金かかったけど、まあいい、気に入ってくれれば。

「シュトーレンっていうのは、ブランデーに漬けたドライフルーツを練り込んだ甘いパンで、バターいっぱい染み込ませて粉砂糖たくさんまぶしたやつ。人気なんだ。薄く切ってクリスマスまでに食べるんだけど、別にいつ食べてもいいよ」

『うまそうだな!』

「あと、チョコ詰め合わせと、クッキー詰め合わせと、インスタントココアとミントシロップと、ちょっといい紅茶」

『え、大盤振る舞いだな!? ミントシロップって、この緑のか!?』

千歳がダンボールをごそごそして、緑の液体が入った瓶を取り出した。

「ココアに入れるとチョコミント味になるよ。ココア、お湯でも作れるやつだけど、牛乳で作ったほうがおいしいって」

『やった! 今日ちょうど牛乳買ってきたんだ!』

千歳は瓶とシュトーレンの箱を持ったままバンザイした。気に入ってくれたようだ。

『どうしようかな、チョコミントココア飲みたいけどシュトーレンも食べてみたいな……』

右手の瓶と左手の箱を交互に見て悩む千歳。幸せな悩みだ。

「まあ、好きに食べてよ」

千歳を見ながら、なんだか笑みを隠しきれず、俺は言った。

『うーん、じゃあ、チョコミントココアは絶対うまいから、これはおやつの時間用にして、初めてのもの先に食べる! これ、紅茶合いそうだから紅茶も入れる!』

「一応、紅茶専門店のやつだから、紅茶もおいしいと思うよ」

『紅茶つけてきたのはいいぞ、気が利いてる。よし、冷蔵庫にもの入れたら紅茶入れてシュトーレン食べよう』

千歳はニコニコしながらエコバッグの中の物を冷蔵庫にしまい、シュトーレンの箱と紅茶の箱を台所に持っていった。

『あ、そうだ、お前別に甘いもの嫌いじゃないんだよな?』

千歳がこちらを振り返って聞いてきた。

「ん? 好きだよ?」

下手に間食すると食事が入らなくなるし、人に食事作ってもらってるのにおやつでお腹いっぱいで食べられませんは悪いから間食しないだけで、甘いものは普通に好きだ。千歳ほどじゃないけど。

『シュトーレン、一切れだけなら分けてやらなくもないぞ。ついでだから、紅茶も入れてやらなくもないぞ』

言い切らないあたり、含みをもたせてるつもりらしいが、こういう言い方したとき、千歳がしてくれなかったことないんだよな。

「え、いいの?」

『だって、お前、前体質診断した時、紅茶がいいって言われただろ?』

「そういや、そうだね」

『じゃ、入れるぞ』

千歳は小鍋にお湯を入れてコンロにかけ、お湯を沸かす間にシュトーレンを包丁で薄く切って小皿に乗せた。紅茶の箱を見て『コップ温めたほうがいいのか……』とつぶやき、半分沸いていた小鍋のお湯をコップに注いで、お湯をもう一度小鍋に戻してコンロにかけ、紅茶のティーバッグをコップに入れて沸騰したお湯を注いだ。

なんで俺がそれを逐一見ているかというと、仕事が一段落したタイミングで、取引先の返事待ちだからである。

『ほれ、紅茶とシュトーレン! 暇ならこっち来て食べろ!』

「ありがとう」

千歳が食卓に紅茶と小皿をおいて手招きするので、ありがたくご相伴に預かることにした。

二人で紅茶を飲みながらシュトーレンをかじる。おいしいけど、ものすごく甘いなあ。確かにこれは紅茶に合うというか、飲み物ないときつい。

甘いもの大好きな千歳の好みに、シュトーレンはヒットしたようだった。

『うまいな! ブランデー効いてる!』

「すごく香りいいね、オレンジとかも入ってるのかな?」

『これ、ちょっとずつ毎日食べる! チョコも一日一個ずつ食べる!』

「チョコ、いろんな種類入ってるやつにしたから、飽きないと思うよ」

『やった! あ、そうだ、やっぱり星野さんにお祝い渡したいけど、何がいいと思う?』

「うーん、俺、赤ちゃんには詳しくないからな……タオルとかしか思いつかないな……」

『タオルかー、赤ん坊いると汚れもの多くなるから、悪くないけど、もうちょっと気の利いたもの選びたいな……』

なんでもないことを話しながら、おいしいものを食べる時間。多分、というか、絶対、千歳がいなかったら持てなかった時間だ。

千歳が喜んでくれていて、一緒にお茶が飲めて、なんだかんだで仕事が途切れず食べる分は稼げている。今、俺、すごく幸せなのかもしれない。

思えば、思春期から学生の頃まで、幸せになることを自分から避けていた。自分から人に近づくことを避けていた。

でも、体を壊して職を失くして、というどん底を経験してから、もうそんな事はできなくなってしまった気がする。ある日いきなり飛び込んできて、世話を焼いてくれる人を、今日まで拒絶できなかったんだから。

子供の頃とはいえ、親の詐欺みたいな行為に加担して、人を騙すのに協力してきた。そのせいで、小学校の頃の友達の母親までおかしくした。自分に幸せになる資格があるかというと、多分ない。

でも、千歳といる幸せを手放したくない。手放せと言われても、手放せないと思う。

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