近況報告しあいたい

金谷さんから、「しばらくあまり仕事ができないので代わりの人間を紹介させてほしい」という旨の連絡があった。

どうしたのかと思ったが、代わりの人との顔合わせでLINEのビデオ通話を千歳も交えてしたいという話を了承した。

怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)は不思議そうだった。

『金谷って奴、何かあったのか?』

「うーん、聞けば、よほどのことでなければ話してくれると思うけど……病気とかじゃないといいね」

ビデオ通話が入り、つなぐと、金谷さんと、尼さん姿の南さんが並んでいるのが写った。代わりって南さんか?

とりあえず、四人であいさつしあう。金谷さんが言った。

「すみません、いきなりのお話で。私、しばらく仕事を減らす必要があって、和泉様と千歳さんのことに関しては、しばらく南さん担当ということにさせていただきたくて」

画面の中の南さんが頭を下げる。

「よろしくお願いいたします、何かあれば、しばらくは私の方までご連絡ください」

『何かあったのか? 大丈夫か?』

千歳がさっそく聞く。金谷さんは、きまりの悪そうな顔になった。

「実はその、個人的なことでお恥ずかしいのですが、いろいろ忙しくて、通信高校の勉強が追いつかなくて……それで、代打の人が探せることに関しては、しばらく他の人に代わってもらうことになりまして」

そういえば金谷さん、現役高校生だったな。

『あ、そっか勉強か、大変だな』

千歳は、虚を突かれた顔になってうなずいた。俺も同じような気持ちだった。

「ええと、とりあえず、調子崩したとか病気とかじゃなくてよかったです」

ていうか、俺も何かある度に金谷さんに頼りすぎてたな。相手はまだ十七歳の子供なのに……。困ったら、とりあえず連絡する相手扱いしていた……。

金谷さんは言葉を続けた。

「本当にお恥ずかしいのですが、このままだと三年で卒業できるか怪しくて……本当に個人的な話ですが、私、卒業したらすぐ狭山さんとの婚約を進めたいので、三年でなんとか卒業したいんです」

千歳が、それを聞いてちょっと笑った。

『あ、じゃあ狭山先生とうまく行ってるんだな』

「え、ええと、まあ……そうです」

金谷さんは、はにかんだ顔になって、でもきまりが悪いのか、片手で少し自身の髪に触れた。

「狭山さん、真剣に話聞いてくれる人なので、何かあっても話し合える気がするので、大丈夫じゃないかなって思いまして」

『ふーん、なんか真剣な話したのか?』

「いえ、その、大したことじゃないんですけど、勉強がはかどらないって話したら、「あせるのはわかるけど、ちゃんと寝てやったほうが頭に入りますよ」って、いい香りのホットアイマスク送ってくれたり、狭山さんちのクーちゃんと仲良くしたいけど仲良くするやり方がわかりませんって言ったら、「勉強が落ち着いたら、予行演習で猫カフェ行ってみますか?」って言ってくれたり」

『優しいなあ』

確かに。

狭山さんは、多分いい人なんだろうな、とは俺も思う。俺が狭山さんと初めて会った時、狭山さんは千歳と一緒にいる俺のことを心配して声をかけてくれたわけだが、狭山さんにそれをするメリットは何もないのにそうしたんだし。狭山さん、千歳が危険な霊だと思ってたとしても、見ないふりして遠くに逃げることもできたのに。

『うまく行ってるじゃないか、狭山先生でよかったな』

金谷さんは、明らかに照れくさそうにした。

「そ、その、まあ、うまくやっていきたいと思います」

ていうか、金谷さん照れてるだけだからこの場はいいけど、十七歳の女の子にこんなこと聞いてもかわいそうだな、話変えよう。うまく聞けばのろけ話してくれそうな雰囲気だけど。ていうか、今のがすでにのろけかもな?

俺は口を開いた。

「じゃあ、今後しばらくは、何かあったら南さんにご相談させていただきます。以前頂いた連絡先でよろしいですか?」

南さんが応えた。

「はい、そちらにお願い致します。和泉様の生活になにか不具合が生じましたら、できるだけの対処はさせていただきますので」

「ありがとうございます」

「あと、今、千歳さんの戸籍に関する手続きも進んでおりますが、完了したら、そちらも私からご連絡させていただきます」

南さんはまた頭を下げた。

「わかりました、よろしくお願いいたします」

俺もつられて頭を下げる。千歳が南さんに聞いた。

『戸籍、いつできそうだ? まだかかるか?』

「それが、長いと二ヶ月以上かかるかもしれません……申請はもうしてあるのですが、そこからが役所の管轄なので、待たされていまして……」

南さんは、すまなさそうに言う。まあ、昨今はお役所仕事も改善されてきてるけど、公的な手続きはやっぱり時間かかるよな。

『ふーん、じゃあ、待つか』

千歳も、別に急かす気はないようだ。

その後は、あちらの近況報告を少し聞いた。この間千歳がバラバラになった件の後、上島家当主は急激に老け込んで隠居したそうだ。そして、千歳のことを静観すべき派が増えたらしい。これまで、千歳をつつかなければ特に何も起こらなかったが、一度つついたら盛大な被害が起こることが実例付きで証明されてしまったので。

最後に、南さんは言った。

「そう言うわけで、お二人には、引き続き穏やかに暮らしていただきたいと私どもは考えております。そのために、私も微力を尽くしたいと思っております」

割と重く言われたので、俺はあわてた。

「い、いや、でも今でも十分すぎるくらい援助いただいてますし。その分で、文章仕事ならいつでも引き受けますよ」

『ワシも、金もらってばっかじゃあれだから、頼まれれば何かするぞ。除霊と飯作るくらいしかできないけど』

南さんは微笑した。

「ああ、そちらは千歳さんがお料理担当でいらしたんでしたっけ」

『うん、こいつに食べさせるばっかりだけど、自分で食べても、まあまあうまいぞ』

千歳は胸を張った。南さんは苦笑した。

「コロナ禍でなかったら、ご馳走していただきたいところですけれどね……。でも、書類上は神社関連の仕事をお願いすることになっているので、もしお願いするとしても、多分神社関係のことになると思います」

『そっか、まあ、できることならやるぞ』

「何がありましたら、よろしくお願いいたします」

こちらの近況報告(引っ越しが近いが業者に丸投げするので手伝いはいらないなど)もして、通話を終えた。

千歳が、少し不安そうに聞いてきた。

『引っ越し、本当に何も荷造りしなくていいのか?』

「うん、冷蔵庫は空にしてほしいって言われたけど」

『霜取りもやるんだっけか』

「うん、やるの頼んでもいい?」

『前の日にでもやっとく、冷蔵庫の霜取りスイッチ入れてほっとくだけだしな』

「よろしく」

引っ越しは、当日荷作り、当日搬入、当日荷ほどきを全部頼んであるので、マジでやることが何もない。捨てるものも、日常ゴミ以外に特になかったしな。

「引越し先で落ち着いた頃に戸籍ができればいいね、身分証明にマイナンバーカード作りに行かないといけないし、時間あるときにやりたい」

『うん、マイナンバーカードできたら、ワシもマイナポイントとか言うのもらえるか?』

「ああ、それもあったな、もらえるよ」

千歳の場合は、マイナンバーカード作るのと、口座登録と、健康保険証登録で二万円か。怨霊に健康保険証いるかわからないけど。まあ、健康保険料の分は金谷神社から出してもらえるんだけど。あと、口座はマイナンバーカードで作らないといけないから少し手間がかかるけど。

「あ、ていうか、マイナポイント受け取る用の千歳が使える決済サービスがないな……まずそれ作んなきゃ」

『決済サービス?』

「マイナポイント入れてもらうための、電子マネー用の決済サービス。指定して申し込まないとマイナポイントもらえないんだ、いろいろあるんだけどさ」

『ふーん、電子マネーか……CoGCaじゃダメか?』

「コジカ?」

『スーパーのカード。今出す』

千歳は千歳専用の物入れ棚に行き、ごそごそして財布を取り出して、そこからまた何か取り出した。

『これだ! これに金入れてスーパーで使うとポイントもらえるから、ポイントでスーパーのお菓子買ってるんだ!』

千歳の手には、ちょっとバンビっぽいイラストが書かれたカードがあった。

「そんなのあるんだ?」

とりあえずスマホで調べてみたら、マイナポイントはそのプリペイドカードでも受け取れることがわかった。じゃあ、これに入れてもらうか。

「それにマイナポイント入れられるけど、マイナポイント分使えるのスーパー限定になっちゃうな。それでもいい?」

『いいぞ』

「まあ、全部戸籍できてからの話だし、少し手間かかるけど、千歳だと最終的にマイナポイント二万円分もらえるからね」

『そんなにか!』

千歳の目がキラキラした。

『二万円分か……そうか……。何買おうかなあ……あ、そうだ』

「何?」

『マイナポイントで、お前の好きな物ひとつだけ買ってやってもいいぞ』

「え、いいの?」

太っ腹だな。

『何が欲しい?』

「うーん……」

俺は少し悩んだ。スーパーで買えるもので欲しい物……思いつかないな。食べるものは、千歳の料理で満足すぎるくらい満足だからな。

「……ぱっと思いつかないな。まあ、マイナポイントもらえるのはだいぶ先になるだろうから、それまでに考えとくよ」

『高すぎるものはなしな』

「スーパーでそんなに高いものないだろ?」

『ギフト用のお菓子とか酒とか、探せば高いのは結構ある』

「あるんだ……」

まあ、千歳も好きそうな、何かおいしいものを考えておこう。でも戸籍の手続きも入れたら二ヶ月以上かかるだろうし、今年中にできればいいくらいかな。

……今年中。今年が明けたら、来年。今年中も、来年も、ずっと千歳はいてくれるのかな。

いてくれたら、ずいぶん嬉しい。なるべく長く、俺のところにいてほしい。

そのためにできることはするから、まあ俺にできることは対してないんだけど、なるべく楽しく幸せに、俺のところで過ごしててくれないかな。

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