変でおかしく過ごしたい
朝起きて確信した。今日はダメだ。だいぶダメだ。折しも雨だし。
布団から上半身は起こしたものの、そのまま動けずぼーっとしていると、察したらしく怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)が話しかけてきた。
『調子悪いのか?』
「……うん……」
『朝飯食えるか?』
「……味噌汁は飲めるけどご飯は少しでいい……おかずとかもいい……千歳食べて……」
『わかった』
「ごめん……」
『作り終わったら、また起こすから寝てろ』
「うん……」
千歳の言葉に甘えてまた布団に潜り込む。今日一日は確実に動けないだろう。受けている仕事や今日やろうと思っていた作業がぐるぐると頭を巡るが、こういう状態だと、無理にパソコンの前に座っても本当に何もできない。これまでの経験から身に沁みてわかっている。ちゃんと休んで調子を戻してからじゃないと、全部ダメだ。実際、調子悪いときに無理をするより、まともな調子の時に集中したほうが、はるかに効率よくできるし、まともな調子のときに作業して、遅れを取り戻すどころか予想より早く終わったこと多数だし。
しかし、半日作業して半日寝込むのはちょくちょくあったけど、丸一日ダメなのは久しぶりだ。この所、わりと外出が多かったからか? スーパーの荷物持ちに喫茶店行きにショッピングモール行きに……金谷さんの実家から振り込まれた金をATMにおろしに行ったのも含むか。
会社員なら毎日通勤してるのに(コロナ禍でリモートも増えたけど)、この程度で音を上げるとか本当に俺の自律神経はポンコツだなと自己嫌悪していた所で、千歳(女子大生のすがた)に『飯だぞ』と起こされた。
『無理にショッピングモール付き合わすんじゃなかったな』
千歳(幼児のすがた)も、俺とそう変わらないことを考えていたらしい。食卓につくと、なんかしょぼくれた顔で言われたので、俺は言った。
「……俺が行くって決めて、行くって言ったんだから、別にいいんだよ」
『そうか?』
「千歳いなきゃ、こんな時何も飲み食いせずに寝てるだけだったろうし、いてくれてよかったよ」
『…………』
「いただきます」
久々に気温低いから、熱い味噌汁が胃に染みるなあと思いつつ味噌汁をすすったが、千歳がなかなか食事に箸をつけない。箸を手に持ってはいるが、そのまま止まってしまっている。なぜか、びっくりしたような顔のまま俺を見ている。
「……食べないの?」
『え? え、あ、いや……食べる』
千歳は、はっとしてから、慌てたように動き出し、俺と同じように味噌汁に口をつけたが、どうにも心あらずという感じだった。
「……どうしたんだ? 千歳もどっか調子変?」
『いや、別に、怨霊になってから病気も怪我も知らんし、ならん』
「強いな……」
まあ、元気なのはいいことだ。俺はもそもそ食べ続けて、なんとか味噌汁一杯とご飯半膳を片付けた。
「食器洗うのお願い、寝る……」
『わかった』
そのまま俺は布団に潜って、千歳が食べ終わって片付けて食器を洗う音を聞いていた。聞いていたら、千歳が食器を洗い終わって、皿をしまったあと、俺の枕元前まできて座っているのがわかった。そのまま動かないようだ。
どうしたんだ? ヒマなら動画見るなりラジオ聞くなりすればいいし、家事が終わったらだいたいそうしてるのに。
「……どした? 別に音とか気にならないから、好きにしてなよ」
『いや、その……お前は変なこと言う奴だなと思って……』
「……何か言ったっけ?」
『ワシ、中にたくさんいるが、どいつも聞いたことないぞ、初めて聞いたぞ』
「そんな変なこと言ったっけ……」
そもそも、そんなに喋ったっけ今日。調子よくないし、そんなに喋ってないと思うんだが。
千歳は言った。
『いてくれてよかった、とか、初めて聞いた』
「…………」
え、マジかよ。そういえば俺がそう言ったあと、しばらく千歳フリーズしてたな。え? 確かに頻用する言葉じゃないけど、千歳は恵まれない境遇らしいとは思ってたけど、千歳を作ってるたくさんいる霊の中で、「いてくれてよかった」と言われたことがあるのが一人もいないって、マジで? 割と話が通じて、昭和の感覚ながら一般常識も持っている千歳を作ってる霊ってことは、それなりに生きてそれなりに人生経験積んでるはずだろ?
『そもそも、祟りに来たワシに、いてくれてよかったとか言うのおかしいだろ。お前、自分の立場わかっとるのか?』
「そういう見方もあるな……」
祟られてるの普段忘れてるしなあ。稼げとか子孫作れと言われてやっと思い出すレベルだし。
でも、まあ、いいや。
「千歳」
『何だ?』
「俺は別に、変でもおかしくても、いいよ」
いてくれてよかったと思うし、千歳が飽きたり、呆れたり、諦めたりしなければ、ずっといてほしいと思う。
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