一緒に買い物出かけたい

怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)が小さい透明カラーボックスの中をごそごそしている。千歳が使うものができた頃、元々部屋にあったカラーボックスを整理して渡したものだ。この間、千歳に入った四十三万円を始めとして、普段使っている財布、エコバッグ、ちょっとしたメモ、タブレット、タブレットの充電器、お菓子などが入っているらしい。

『うーん……』

「さっきから何してるの、千歳?」

金谷さんの実家から振り込まれたうち、千歳の分の十万円をさっき渡したのだが、それをすぐしまわずに、さっきからカラーボックスの中をずっといじっているのだ。

『いや、だいぶ大金になるからちゃんとしまいたいんだが、なんかしっくりこない』

「うーん、確かにお金しまうところじゃないしな、今までそれでやってきたけど」

本来、こんなちゃちい引き出しに大金なんていれるものじゃない。別に俺は触る気はないが、個人所有のものばかりだし、もうちょっとしっかりした収納を探してもいいかもしれない。

「なんか、鍵付きのケースとか探す? 鍵付きだと高くなりそうから千歳も費用出してほしいけど、俺も多少は出すよ」

『別に鍵はいらんが』

「防犯上あったほうがよくない?」

『お前だいたい家にいるだろ、別に泥棒入ったりしないだろ?』

「狙えそうだと思ったら狙う人間はいると思うし、俺は泥棒に会ったらパンチ一発でKOされる自信がある」

千歳はカラーボックスから俺に目を向け、俺を上から下まで改めてじっくり見た。

『……一発でやられるな、鍵付きにするか! どこで買うんだ?』

「ホームセンター遠いし、ホームセンターで買ったとしても持ってくるのかさばるから、まあAmazonかな」

パソコンの前に座っていたので、俺はブラウザを立ち上げてAmazonを開いた。千歳が寄ってきてのぞき込んでくる。

『いいのあるか?』

「いろいろあるけど、この収納ボックスだと、底面積は今のカラーボックスとそんなに変わらないな。縦に二つあるから、今より物も入ると思う」

『今の入れ物、これの上に乗せて、まだ使ってもいいか?』

「全然かまわない、これにする? 他にも見る?」

『これでいい。三千円出すから、お前残りの千円と端数出せ。今細かいのがない』

「わかった、俺の所からとりあえず払ってポチるから、後で三千円くれればいい」

「いつ届く?」

『あさってだって』

「早いな! ……あ、そうだ」

千歳はポンと手を叩いた。

『財布もそういえば買い替えたいんだ、この辺で買える場所知らないか?』

千歳は、とりあえずで渡した、昔俺が使っていたボロ財布をこれまでずっと使っている。捨てておかしくないレベルのボロだから、そりゃ経済的に余裕があれば買い替えたいだろう。

「Amazonで探せるけど」

『通販じゃ中身がよくわからないから、実物を見て触りたいんだ。どうせ長く使うから、しっかりした作りのがいいし』

「うーん、そうか……そういう需要もあるか。でも、この辺で財布買えそうなところな……」

ホームセンターならないことはないと思うし、やっぱりそこか? でも、しっかりした作りかというと微妙な気もする。ホームセンターの財布はお手頃価格だけど、値段がお手頃なら作りもやっぱりそれなりだろうし。

『多少高くてもいいぞ』

「高くてもしっかりか……ますますホームセンターじゃ買えなさそうだな……」

一応調べてみたが、一番近くのホームセンターには財布はあるものの、値段も作りもそれなりな品が少ししかないようだった。他に財布が買えそうな場所といえば……。

「あ、そうだ、思い出した。ショッピングモールならあるかもだ。隣の駅から無料巡回バス出てるし、そこで見てみる?」

『ショッピングモール? なんだそれ』

「んー、なんというか、デパートほど格式高くないけど、人はデパートくらいたくさん来るし、いろんな店があっていろいろ買える感じの所」

『じゃあ、そこで見てみる』

「今日の午後か明日行けば、平日だし混まないと思うよ。いってらっしゃい」

『…………』

千歳はなぜか下を向いた。なんかもじもじしている。

「何? なんかまずい?」

『いや……その……近所の店なら一人で行くが、あんまり遠いと土地勘がなくてな……』

……知らないところに一人で遠出するのは、気がすすまないということか?

「タブレットでの地図の見方教えようか?」

『いや、地図というか、見たことあるところなら一人で行くが、最初は詳しい連れがほしい……』

そういえば、千歳は、いつも行ってる近所のスーパーも俺との病院行きで場所を知ったみたいだし、ドラッグストアも最初は俺を連れて行ったな。知らない所に一人で行くの、実はあんまり得意じゃないタイプなのか?

意外な気がしたけど、どうも千歳は俺が壊した祠にずっといたっぽいし、遠くに一人で行くのに慣れてなくてもおかしくないのかもしれない。

「別に俺も詳しいわけじゃないけど……明日の午前なら多分時間空くから、一緒に行く?」

『いいのか?』

「うん、今できる作業は多分今日の午後に終わるし、送ったらしばらく相手がチェックするのに時間かかるし、連絡くるまで何もできないし。電車とバス乗ってれば着くから、そんなに歩かないだろうし」

『じゃあ、明日な! 案内しろ!』

「わかった、どうせ半日かかるから、帰りフードコートとかで食べて帰ろう。その分は俺出すよ」

『いいのか?』

「高いものじゃないなら」

『よし! 普段食えないもの食うぞ!』

「あんまり高いのは勘弁ね……」

というわけで、翌日、午前の早い時間に、千歳(女子大生のすがた)と家を出た。駅までバスに乗って、電車に乗って、今度は無料巡回バスに乗る。時間はそれなりにかかったが、そんなに歩かずについた。

「うわ、平日のこの時間なのにけっこう人いるなあ」

『店がありすぎて、どの店に財布あるかわからん!』

人の間をぬって歩き、置いてあったパンフレットを取って、フロアガイドを見る。

「雑貨屋とか文具は二階だし、メインフロア自体二階だから、とりあえず二階行こう」

『中広いからだいぶ歩きそうだけど、お前大丈夫か?』

「……二階行ったら、ベンチとかに俺いるから、千歳あとは一人で探せる?」

『ここまでくれば大丈夫だ!』

エスカレーターで二階まで上がり、俺は近くのソファを見つけて、千歳は近くの雑貨屋を見つけた。

『文房具屋も見て、比べてみていいの決めるぞ!』

「ゆっくり探しな、待ってるから」

ソファに座って一息つく。平日なのだが、割と客がいるし、他のソファやベンチにもけっこう人が座っている。座っている人間が、俺以外全員ご老人なのが、なんか俺の情けなさを増すが……。休日に来たら、家族の買い物に疲れたオッサンとかがいて、もうちょっとカムフラージュされたかな……。

まあいいや、俺は待ってればいいし、千歳が選び終わって買ったら、食事して帰るだけだし。

ここのフードコートにどんな店があるか、調べておこうとスマホをいじる。全部の店の傾向と値段をだいたい把握して、どの店でも高くはなさそうだな、千歳がよっぽど食べなきゃ出せるな、と思ったあたりで、千歳が戻ってきた。

『いいのあったぞ! 合皮だけどしっかりしてて使いやすそうなやつ!』

「気に入った?」

『うん!』

「じゃあ、ちょっと早いけど、適当に食べて帰るか。ここのフードコートならどこでも大丈夫だから」

『フードコートって一階だったか?』

「うん、なんか食べたいものある?」

『確か、グリーンカレーっていうのがあったから、それ食べてみたいぞ』

さっきのスマホで、アジア料理店も見た記憶が思い浮かぶ。

「タイ料理とか出すところか。じゃあそこにしよう」

フードコートは、流石にまだそこまで人はいなかった。目当ての店に入り、千歳はグリーンカレー、俺はシンガポールチキンライスを頼む。割とすぐに出てきた。

『辛いけど甘い! 甘いけど辛い! うまい!

「よかったな、気に入って」

『うん、いろいろ入ってて、自分で作るのは大変そうな飯だし、頼んでよかった』

ルーの上に乗っている大盛りの葉も、もりもり食べる千歳を見て、俺はふと聞いた。

「千歳、パクチー平気な人?」

『パクチー?』

「その上に乗ってる葉っぱ。香菜とかシャンツァイともいう」

『これパクチーっていうのか? 変わった匂いだけど、この味には合うな』

「俺のパクチーも食べてくれない? これだけはどうも苦手で」

千歳は目を丸くした。

『お前、嫌いな食べ物あったんだな! 何出しても食べるから何でも食べると思ってたぞ、腹具合に悪いものはともかく』

「好き嫌いはないほうだと思うけど。あ、あとは冷たいもの食べすぎるの昔からダメだな。サクレのレモンとか、シャーベット系好きなんだけど、まるまる一個食べるとてきめんに腹痛くするんだよね」

『お前、昔から腹弱いんだな……』

話しながら鶏肉やご飯をつついていると、なぜか店員が寄ってきて、話しかけてきた。

「大変申し訳ありません、本日からカップル特典があるのですが、お伝えしておりませんでした。お付けしますか?」

店員の言葉の意味が脳に浸透するまで、少しかかった。

「え、カップル……カップル!?」

え、カップルに見えるのか、千歳と俺!?

かなり動揺したが、目の前の千歳の格好を改めて見て、少し思い直す。見た目だけなら、二十歳前くらいの、割とかわいい女の子だ。俺も見た目は多分、年相応の男なわけで……恋人同士にはちょっと年離れてる気もするけど、まあ、連れ立って所帯じみた会話してたら、親しい仲に見えなくもないか。

千歳はまったく意に介さず、店員に聞き返していた。

『特典ってなんだ?』

「マンゴープリンを無料でお付けしております」

『もらおう! 特典! タダだし!』

「ええと、じゃあ、ください」

千歳、本当に甘い物好きだなあと思いながら俺は言った。店員は重ねて聞いてくる。

「食後と、今お持ちするのと、どちらがよろしいですか?」

『食後がいい、デザートにする』

「では、後ほどお持ちいたします」

食後の、いいタイミングにマンゴープリンは運ばれてきた。千歳は、味も香りもすごく甘いと言いながら、ずいぶん喜んで食べていた。あんまり嬉しそうなので、俺は手を付けていなかった自分のマンゴープリンをそのまま千歳にあげた。

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