最近いろいろ見知りたい

『ワシ、今さらになって思ったんだが』

昼食で、二人でスパゲッティをつついている時に、怨霊(幼児のすがた)(命名:千歳)が口を開いた。

「何?」

『なんでこの家、テレビがないんだ?』

「本当に今さらだな……」

学生で一人暮らしを始めた時、資金に余裕がなかったし、なくてもスマホとパソコンがあれば困らないし、ということでテレビは買わなかった。あれから十年ほど、そのままここまで来てしまった。その十年で、テレビ番組のネット配信が追いついてきて、気になるテレビ番組は割とネットで見られるようになったから、よけいテレビを買う動機がない。俺は千歳に説明した。

「今、ネットがあれば情報には困らないからさ。話題の番組はTVerとか、ネット配信で見られるし」

『でも、普通あるもんじゃないのか?』

「令和の普通は多様なんで」

『時代の変化についていけん……』

千歳は、フォークを持ったまま頭を抱えた。

「何か見たいものでもあるの?」

見たい番組がわかれば、ネット配信で見せることができるかもしれない。最近、仕事の相場を上げたら優良顧客ばかりになるミラクルが発生したので、今月は多少の余裕ができている。だから、小さくてスペックが限定されたテレビであれば手が出ないわけではないのだが、ぶっちゃけるとNHK受信料を払うのが嫌だ。手続きが面倒だし、毎月安定した収入があるわけではない自由業としては、毎月の固定費をできるだけ増やしたくないし。

「番組によるけど、見たいのあるならネット配信で見られるかもしれないよ?」

『最近のニュースも見られるか?』

「ニュース? いやそれは……どうかな」

予想外の要望に、俺は戸惑った。ニュース番組は、流石に最近の配信具合がよくわからない。即時性が大事な種類のものだから、何日も同じものを配信するわけでもないだろうし。

『今、ソ連がウクライナとか言う国と戦争しとるんだろ? そのせいでスパゲッティとか、小麦製品が高くなるんだろ? 野菜とか電気代も高くなるかもしれないんだろ?』

「ソ連?」

『ロシアって、ソ連じゃないのか?』

「ああ、ソビエト連邦か」

昭和の時代はソビエト連邦があったことを、俺は学校の授業のおぼろげな記憶から思い出す。しかし、ソ連が続いてたら、そもそもウクライナ侵攻起きてないよな……ロシアとウクライナは同じ国のようなものだったわけだし。

千歳は首を傾げたまま、ぶつぶつ言っていた。

『ソ連って、ロシアじゃないのか? 本当に、最近の情勢はわからん』

「うーん、ソビエト連邦の大部分はロシアだけど……説明が難しいな……何、千歳はロシアとかウクライナに興味があるの?」

『なんというか、それだけじゃなくて、最近のことをいろいろ知りたい。どうも星野さんと話がズレる』

「ああ、あの人くらいの世代だと、テレビよく見るか」

『料理中に流してるテレビで、ニュースはだいたい聞いてるって言ってた。ワシも同じことして詳しくなりたい』

料理しながらテレビ見て、よく手元狂わないな。器用というか……いや。

「テレビ、見てるんじゃなくて聞いてるのか」

『そうだな、人間の形だと、ふたつの目で同じところ見ないと何もわからんからな』

「うーん……最近のニュースが知りたくて、音声聞いてるだけなら、ラジオじゃだめ?」

radikoなら、主要なラジオ局でちゃんとニュースが聞けるだろう。好きな局もいろいろ選べるし、何より大きいこととしては、基本無料である。

千歳は目をぱちくりさせた。

『この家、ラジオあるのか?』

「ないけど、ラジオで聞ける局は、今は大体ネットで聞ける。千歳のタブレットでもいけるよ」

『え、インターネットって電波も受信できるのか!?』

「いや、ラジオの電波受信するわけじゃないけど……説明が難しいな……」

昼食の後、千歳のタブレットにradikoを入れて使い方を教えた。最近のニュースの補足や解説になるかと思って、無難なニュースアプリとしてNHKニュースも入れた。千歳はそれからちょくちょくラジオを聞き初めて、料理のお供としてだけではなく、夜ふかしのお供としても気に入ったようだ。睡眠が必須でない千歳は、夜かなりヒマらしいのだが、ラジオはいい暇つぶしになるということだ。

『ラジオ深夜便はいいな! 日曜の夜でも、あんまり休まないぞ』

「日曜の夜ってラジオ休みなの?」

『日曜の夜遅くから月曜の夜明け前くらいは、何も流さない局ばっかりだ。メンテナンスとか書いてあった』

「なるほど」

俺はよほどの爆音を流されなければ寝るのに支障ないタイプなので、千歳には夜も普通にラジオを聞いてもらっている。防音は大してない古いアパートだが、住人はあまりいないので、漏れる音を気にする必要もない。千歳が楽しめるなら、それがいいと思う。

千歳は、ラジオの合間にNHKニュースの記事も読んで、最近の情勢を勉強することに余念がないようだ。

……結局、だいぶNHKを頼っている。無料サービスしか使っていないが、めんどくさいとか固定費を増やしたくないとかだけで受信料を嫌がる奴のやることではないな、と俺は苦笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る