あなたと一緒に過ごしたい

怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)がエコバックを片手に玄関に向かって、何か思い出したらしくこちらを振り返った。

『おい、スーパーまで行くが、なんか食いたい物あるか?』

俺は考え込んだ。食べたい物というよりは、千歳の発言の意図を。

「えーと、なんでもいいって言うと、料理の参考にならないから、何か言ったほうがいいやつ?」

『よくわかったな! なんか言え』

千歳は、なぜかえらそうに胸を張った。

「うーん……そうだな……具体的な食材じゃないけど、酢とか使ってて酸っぱいもの食べたい」

『酢? じゃあ甘酢とかポン酢で何か作るか、適当に見繕って買ってくる』

千歳は出かけていった。俺は作業していたが、しばらくして気づいた。

「あれ、千歳タブレット忘れてる」

千歳はタブレットがないと俺との連絡手段がないし、たまに冷蔵庫の在庫の詳細を忘れた買い物中の千歳から俺に連絡が入るので、どうしようかと思ったが、一応俺の電話番号は千歳に教えてある。スーパーに確か公衆電話があるし、何かあってもどうにかなるだろう。

俺はなんとなく作業の手を止めて、タブレットを手に取った。千歳にはYouTubeキッズで動画を見てもらっている。別に大人向けの動画をフィルタリングしたいのではなく、デマやニセ科学や陰謀論の動画に引っかかってほしくないだけなのだが。

ただ、そのあたりの動画をうまくフィルタリングできている自信がない。千歳は何も気にせずに俺がいるワンルームの部屋で動画を見ているが、俺が仕事に集中していたり寝ていたりすると、何を見ているかなんてわからない。

悪いなとは思ったが、俺はタブレットを起動して、YouTubeキッズを開いた。視聴履歴を見る。感覚が昭和の千歳は、ネットの履歴はプライベートの記録であり他人に触れさせるべきものではない、という概念をよくわかっていないし、説明してもよくわからないと思うのだが、やっぱり後ろ暗い。ネットがよくわかっていない千歳が変な動画に引っかかってないか少しチェックするだけだから! 許してくれ!

視聴履歴は、料理関連の動画が六割で、後の四割は犬猫の動画だった。うさぎの動画もあるのを意外に思って、その後、ふと気づいた。犬猫やうさぎの動画に、ある共通点があることを。

ボロボロの野良犬が拾われて世話されて、幸せそうなふわふわの犬になる動画。ボロボロの野良猫が拾われて、世話されてきれいになって人になつく動画。多頭飼いが崩壊して、飢えや病気で死にかけてガリガリになって救出された犬猫や、劣悪な飼育環境にいたうさぎを世話してふわふわのふくふくに育て上げる動画。そんなのばかりだった。一般ウケがいい、かわいい動画集や笑える動画集みたいなものは全然なかった。

「……こういうの趣味なのかなあ、千歳は」

ちょっと変わってるなと思ったが、人を騙す動画とかでは全然ないし、人の嗜好はさまざまだと思う。俺はYouTubeキッズを閉じて、タブレットを元の場所に戻した。


夕飯には、大根の甘酢和えと鳥手羽のポン酢煮が出た。食べ終わって、俺が台所で食器を洗ってくると(忙しい時や調子悪い時以外はなるべく洗うようにしている)、千歳は黒い一反木綿の格好になってゴロゴロしながらタブレットで何か見ていた。

『もうヒマか?』

「そうだな、今日はもう寝るだけ」

『ふうん、早く寝ろよ』

「まだちょっと早いかな……」

スマホで今日のニュースチェックでもするかなと思って腰を下ろすと、千歳が話しかけてきた。

『なあ、令和って、犬猫を世話する奴が増えたのか?』

「え? まあ、令和というか、コロナ禍でペット飼う人は増えてるかな。でも、犬猫好きな人は昔からいるし……昭和の時代から、世話してる人はたくさんいると思うよ」

『ふうん、令和になったから、ボロの犬猫をこんなに世話する人間がこんなにいるんだと思ったぞ』

「時代によらず、犬猫好きな人は好きだし、ボロの犬猫をほっとけない人はたくさんいるだろ」

『そんなもんか』

千歳は、なぜかぼやくように言った。

『ボロの人間は嫌われるだけなのになあ。こいつらはいいなあ』

その言葉には、妙に実感がこもっているような気がした。金谷さん(兄)によれば、千歳は世の中に怨みを持った霊の集まりらしく、本人も『たくさんいる』みたいなことを言っていた。たくさんいる中には、やはり、恵まれない人間もいたんだろうか。

千歳の言葉に反応しないのもなんだか悪い気がして、何か気の利いたことを言おうとしたが、気が利いているかどうか、いまいちわからない言葉が出た。

「まあ、俺もだいぶボロだけど、たまに嫌わない人がいるからさ。それでなんとか生きてる」

『嫌わない人?』

「萌木さんとか。あと千歳も」

『ワシ怨霊なんだが』

千歳は、タブレットから顔を上げてあきれた。

「そう言えばそうだった」

『お前のこと子々孫々まで祟りに来たんだが』

「そう言えばそうだった」

『少なくとも七代祟るつもりで来たのに、お前「自分で末代」とか言うから! やることがないだろうが! はよ子孫繋げ』

俺は困ってしまった。今の俺にはあまりにも金がない。一人暮らしより二人暮らしの方がいろいろ共用できて経済的には楽と聞くし、千歳が来て実感としてそれを知ったけれども、子供を作るとなると、そういうわけにはいかない。今の時代は昔より子育てに補助がでる方だが、教育費の増大はその上を行く。

「うーん、共働きでも、今の二倍、いや三倍は収入がないとな……」

『働け! 飯は作ってやるから』

「三倍働くのは、体力以前に時間的に無理だな……一日は24時間しかないし」

『何とかしろ!』

「値段三倍にするにしても、そんなの有名な雑誌とか新聞に書く人と並ぶし、そんな値段つけてもクライアント来ないし」

『くそっうまくいかん!』

「まあ地道に仕事して、実績積んで高い案件もらえるようにするよ」

俺がそう言うと、千歳は口をとがらせた。

『現実的ではあるが、三倍稼げるまでどれだけかかるんだ』

「時の運」

『もうー!!』

千歳は地団駄を踏むがごとく床を転がった。

でも、俺は体力的にたくさん仕事できないにしろ、ライター仕事ではブラック企業時代と違って評価してくれる人がいるし、この所は三食まともなメニューが食べられる。たまにマッサージもしてもらえるし、何より話す相手がいると退屈しない。

俺は子孫を作れる気がしないし、千歳はそのうち飽きてどこかへ行ってしまうかもしれないけれど、なるべく長く今みたいな時間が続くといいと思う。

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