お前にいくらか稼がせたい

金谷さん(妹)(下の名前はあかり)から連絡があった。

「お力をお貸し願えませんか?」

話が見えないが、とりあえず返信する。

「どうしたんですか?」

すぐに返事が返ってきた。

「対処が難しい霊がいまして、とても困っているのです。あの怨霊を使役できる和泉さまにご助力願えないかと」

「私に霊能力的なものはないんですが」

「おいでいただければ、できるだけの謝礼をお支払いいたします」

初対面で水と塩ぶっかけてきたせいもあるとはいえ、その後、クリーニング代として五万円包んできた金払いの良さを思い返す。俺は仕事が安定して取れる保証がない、フリーのWebライターという身分。正直、金が出るならどこへでも行きたい気持ちではある。正直な気持ちに枷をはめるのが、自律神経がイカれた体の虚弱さではあるが。

スマホに入れてある予定を見直し、今日の午後は半日空けられることを確認する。体調も、幸か不幸か寝込むほどではない。思い切ってこう返信した。

「車出してもらえるなら、今日の午後半日行けます」


金谷さんは、運転手つきの車で午後一番に来たが、ビビっていた。原因はといえば明らかで、怨霊(ヤーさんのすがた)(命名:千歳)もついてきたからだ。

「あ、あの……その怨霊も、ですか……? 確かに強力な、これ以上なく強力な霊ですけれど……」

金谷さんの顔は、明らかに引きつっていた。高校生くらいの女の子をこんなに怖がらせるのは悪いなと思ったが、こちらも金谷さんがこんなに怖がるとは思わなかったわけで。ちなみに、運転手の男性も明らかに冷や汗をかいていた。

「すみません、霊同士ということで何か役に立つかなと……あと、報酬が出るって言ったら『絶対稼がせてやる』って、手伝うって言って聞かなくて」

『見た目も強そうにしてみたぞ! 知らん奴に舐められるわけにはいかんからな!』

千歳が千歳だというだけで、心霊関係で舐められることはなさそうなのだが、大は小を兼ねるとも言うし、特に口は出さなかった。

「…………」

金谷さんはしばらく呆然と千歳を眺めていたが、やがて諦めたらしく、「お乗りください」と俺達を促した。


「今回困っている霊は、悪霊や怨霊未満の霊と言いますか……病気で死んだ子供の霊の集合体なのです」

金谷さんは、車の中で今回の件を説明してくれた。曰く、県内に難しい病気の子供が多く入院している小児科の病院があって、亡くなる子供もやはり多く、その亡くなった子供の霊が固まってしまって出てきたとのこと。普通、霊が固まることも一般人に見えることもないが、〈そういう〉素質のある子供の霊が偶然まじり込んで、核になってしまったと考えられること。

小さな子供ばかりの集合体なので、今のところ悪意も怨みも持たないが、病状が重く不自由な生活をしていた子供ばかりだったらしい。霊として自由に動けるようになった今、誰かと遊びたがって出てきたそうだ。

俺は聞いた。

「その霊と、遊んであげれば解決することではないんですか? 子供の扱いは詳しくありませんが」

『ワシの今の格好なら、迫力がある遊びができるぞ?』

「……その発想はありませんでしたね……。しかし、実際問題として、あれと遊べる人間はいないんじゃないかと……」

「?」

『?』


疑問は、その霊を見て、ある程度溶けた。

大きい病院の裏、駐車場で車から降りた金谷さんが俺たちに声をかける。

「一時的ながら、対象を拘束した上で一般の方には感知しにくくしてあります。今、和泉さまにも感知できるようにします」

金谷さんは、白い紙垂のついたしめ縄でくくっている区画に近づき、何事か唱えた。すると、見上げるような肌色の何かが少しずつ見えてきた。

「うわ……」

四階か五階はある病院の高さに迫る巨体。肌色のぶっとい胴体に短い手足、そして、肌の至るところにぎょろぎょろと目玉のついた姿のものが現れた。体型的にはたしかに幼児だが。

たくさんの目玉が、一斉にこちらを見た。

「「「あしょぶ?」」」

確かに遊びたがっているようだ。

「これは……確かに遊んでやるのは難しそうですね」

「はい、この見た目なので、遊びに誘われた人間が皆逃げて、それで私達に依頼が入りまして………しかし、今のところ害意を持たない霊なのでこちらも対抗する手段があまりなく……こういう霊は、周りに拒否され続けると良くない存在になる可能性があるので放っても置けず……」

「このサイズだと、こっちが遊ばれる側ですねえ」

「……サイズの問題なんですか?」

違うのか? と思って、一瞬後に、どうやら金谷さんは見た目全体のことを気にしているらしいと気づいた。たしかにぎょっとする見た目ではあるし、中身が遊びたがっている小さな子供と知らなかったら、見て卒倒する人も出るかもしれない。

見た目が妖怪百目の巨大幼児は、こちらに手を伸ばした。

「「「おにーちゃん、あしょんで!」」」

だが、しめ縄がある区画から外に出られないようで、ぷくぷくした巨大な手は弾かれてしまった。

「「「びえー!」」」

なんだか、見ていてすごく罪悪感があるのだが、果たして俺は役に立つのか。まったく役に立たない気がするが。

「うーん、かわいそうだけど、この子に俺で人形遊びとかされたら、よくて複雑骨折だしな……」

千歳が俺に話しかけた。

『小さくすればいいのか?』

「まあ、人並み程度にはなってもらわないと」

『じゃあ、やらせてみるか』

「え? そんなことできるの?」

『ああいう奴は、大体できると思うぞ。ワシなんて誰にも教わらずにやっとるし』

そう言えば、千歳は地味に変幻自在だった。

「ついてきてもらってよかった……! やってもらっていい?」

『わかった、まずなだめるぞ』

何もできずに帰ることは回避できそうだ。役に立つのは俺じゃなくて千歳だが、ことが解决するなら、まあいいだろう。

『ちょっと中入るぞ?』

千歳はしめ縄をまたいだ。金谷さんが驚いた。

「そ、そんな、何もないみたいに……!」

どうも、しめ縄は本来は霊が突破できないようなバリア的な機能を果たしていたらしい。そして、千歳にはまったく効果がないようだ。

千歳は、泣き続ける巨大幼児に事もなげに近づいた。

「「「びえー!!」」」

『おい、落ち着け。チョコパイ食べるか?』

「「「……ちょこぱい?」」」

『いらないか? でかいのだぞ』

「「「たべゆ……」」」

『今、袋開けてやる、ほれ』

千歳はチョコレート色の袋を裂いて、中のお菓子を巨大幼児に渡した。巨大幼児は大人しくお菓子を口にした。

『どうだ?』

「「「おいしい……」」」

千歳は巨大幼児に言った。

『お前、遊びたいならもうちょっと小さくなれ。中にたくさんいても、小さくなれるはずだから』

「「「わかんない」」」

『体に力入れて、ギュッとすればいいんだ。やってみろ』

「「「ん!」」」

ボンと音がして、煙が失せると、巨大幼児は幼児サイズになっていた。肌の百目はそのままだが。俺は声をかけた。

「千歳、サイズ的にはいいけど、目をどうにかしないと金谷さん的にまずいかも。どうにかできる?」

『やらせてみる』

千歳は再び幼児に話しかけた。

『もうちょっといい感じの見た目になれ』

「「「あしょぼ?」」」

『見た目どうにかできたら遊んでやる。お前、中にたくさんいるんだから、いろんなのを適当に参考にすれば、いい感じにできると思うぞ』

「「「わかんない……」」」

『ちょっとこねてやるから、やってみろ。まずは、顔以外の目をなくせ。全員同じところを見て、同じ目を使うんだ』

千歳は手をのばして幼児に触れて、揉むようにした。

「「「うーん……うーん……」」」

千歳が触ったところから徐々に目玉が減り、やがて百目幼児は、ごく普通の、2歳か3歳くらいの幼児になった。よく見ると多少透けているが。

『これでどうだ』

「「「こえで、みんなあしょんでくれう?」」」

『大体の奴は遊んでくれるんじゃないか?』

「「「おじちゃん、あしょぼ?」」」

『おう』

千歳は幼児を抱き上げた。

『おい、どこか遊べそうなところないか? ここで遊べって言っても、何もないぞ』

「え、ちょっと待って」

何も役に立たないのもまずいので、スマホで適当に調べる。現在地から調べると、隣に小さい公園があるようだ。

「すぐ近くに公園あるよ。遊具もあるんじゃない?」

『じゃあ、そこだな』

千歳は幼児を抱いたまま、しめ縄をまたいだ。金谷さんはまた驚いた。

「他の霊にも干渉して無効にできるの!?」

「すみません、隣の公園移動してもいいですか?」

「え、ええと……わ、私もついていきます、万が一の時のために!」

幼児は公園で大いにはしゃぎ、奇声をあげながらすべり台を滑ったり、すべり台を逆走したりした。ブランコにも乗りたがったので乗せて揺らしてやったが、俺が揺らすより、千歳がガタイの良さを活かして思い切り揺らす方が楽しいようだった。金谷さんは困惑した顔のままだったが、幼児が乗って揺らすポニーに乗った時は揺らしてやっていた。

「こんな形で解決するなんて……確かに調伏も除霊も難しかったのですが」

「こんな感じで大丈夫ですか?」

「まあ、その……満足するまで遊んだら、あとは自然に分解すると考えていいと思います。何年かはかかりますが」

「好きなだけ遊ばせてやればいいじゃないですか、元々遊べなかった子達なんでしょう?」

「そうなんですが……何年も遊ぶ人員確保をどうしようかと……」

それは、確かに頭の痛い問題かもしれない。人件費的にも。


後日、金谷さんから連絡がきた。

後の対処としては、〈あの病院には遊びたがる子供の霊が出る、少し遊んでやればと満足するし、遊んでやると福が来る〉と噂を流して、あとは本人が遊びたいだけ遊ばせてやることになったそうだ。病院なら、常にある程度の人はいるだろうし、何年も遊び相手を雇う必要もないし、まあいいやり方なのかもしれない。

そして、謝礼は五十万きた。俺はビビったが、千歳は大いにはしゃいだ。

『働いたかいがあったな!』

「なんか、こんなにもらうの悪いな……俺何もしてないし」

『金は金だろう! お前の好きな貯金するなり、女探すなりしろ!』

「うーん……」

俺は悩んだ。金が欲しいのは確かだが、千歳の手柄で得た利益をそのまま懐に入れると、ブラック企業時代、俺の仕事の成果を自分のものにして評価を得ていた上司と同じ人間になる気がして、すごく嫌だ。

「じゃあ、そうだな……仲介料ってことで俺の貯金に七万入れるけど、あとの四十三万は千歳のにしていいよ」

『え?』

千歳はきょとんとした。

「自由に使いなよ、好きなもの買うなり食べるなり」

『いや……いきなりそんなこと言われても、何に使っていいかわからんぞ』

千歳はあせりだした。まあ、確かに四十三万円いきなり使えと言われても、使い所に困るだろう。

「じゃあ、とりあえず貯めとけば? 口座とか作れないから、タンス貯金になるけど」

『お前、もうちょっと取れよ』

「いいよ、七万あればそれだけで助かるし、五十万の儲け分の税金も出せるし」

千歳の好きに使っていいと言ったのだが、その後、ちょくちょく夕飯のおかずが豪華になった。牛ステーキなんて何年ぶりだろうか。まあ、千歳も食べるわけだが。

『お前に分けてやらんでもない、分けて作るのも面倒だしな』

「助かります、おいしいです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る