いつでもお前をかつぎたい

ごまかしごまかしやってきたが、いい加減、髪を切らないといけないと思う。人に会わない在宅仕事だが、髪を整えてヒゲを剃っておかないと、たまに外出した時に周囲から向けられる不審者を見る目つきがきつい。平日昼間なら、なおさらだ。

幸い、今日は仕事と仕事の合間の日で、やるべきことは全部やって納品完了している。次の仕事はまだクライアントからの詳細待ちなので、時間はある。ただ、散髪には駅前まで行く必要があるのと、俺の調子が今日はそこまでよくなくて、駅前まで出かけると後で布団直行だろうなというのと。

「どうしようかなあ……仕事的には今日を使うのが一番なんだけどな」

伸びた髪を触りながらぼやいていたら、朝の食器洗いを頼んでいた怨霊(女子大生のすがた)(命名:千歳)が台所から戻ってきた。

『今日は暇なのか?』

「うーん、クライアントの連絡がいつ来るかにもよるけど、たぶん今日は一日あく。だから髪切りに行きたいんだけど、どうしようかと思って」

『行けばいいじゃないか。なんかあるのか? 散髪する金ないのか?』

悲しすぎる心配をされた。千歳の顔が割とマジなのが、よけい悲しい。

「いや、流石に千円カットくらい行ける。悩んでるのは費用じゃなくて」

『千円カットって、なんだ?』

千歳はきょとんとしていた。

「え、そこから!?」

言われてみれば、昭和に千円カットはまだなかったかもしれない。手元のスマホで調べてみたら、なるほど千円カットは九十年代から出現したという記述があった。

「ええと……文字通り千円台で髪切ってくれる床屋のこと。床屋としては一大ジャンルかな。駅前に千円ちょっきりで切ってくれる所があるから、そこに行きたいんだけど」

説明すると、千歳は心底ビビった顔になった。

『千円!? そんなんで儲け出るのか!?』

「回転率よくして薄利多売でやってるんだと思うよ、時間十分しかかからないし」

『そんなんでまともに切ってくれるのか?』

「今の俺の髪型も千円カットだけど」

『うーん……まあ、まともか……』

「で、費用的にも行けるし、タイミング的にも今日行ったほうがいいんだけど、正直あんま調子よくなくてさ……出先でへばるの怖いから、行き帰り、付き添ってもらえたりしない?」

『ついて行くのはいいが、たかが散髪に無理してどうするんだ』

「今日を逃すと、なかなか切りに行くタイミングわかんないんだよ……調子いい時は仕事にあててるしさ、起きてられる体調で、なのに仕事は暇ってこと、実はあんまりなくて」

仕事があるのはありがたいことだが、こういう問題も起きる。体力さえあればある程度解決するのだが、体力増進のためにやっている朝晩のラジオ体操はまだ効果を発揮していない。

「切ってる間、外で待ってもらうことになると思うけど、いい?」

『十分しかかからないんだろ? 適当に外でぶらついてる』

「助かる。十時に開く千円カットだから、それに合わせて駅前まで行こう」

『わかった、もしお前がへばったら、かついで帰れるようにしとくぞ』

「……なるべくそうならないようにがんばります……」


千歳が、何かあったとき俺をかつげるようにと、ガタイのいいヤーさんの格好で行こうとしたので、どうしてもかつがなきゃいけない時に人目のないところでなってくれればいいからと言って止めた(女子大生の格好でついてきてもらうことになった)。

『あの床屋か?』

「そう、もう開いてるね」

『待ってる間、近くのコンビニ入っててもいいか? いつもは使わないから見てみたい』

「わかった、そこで適当に待ってて」

返事してから、何も買わないと決まってるのにコンビニをうろつかせるのもどうかと思って、付け加えた。

「コンビニの、そんなに高くないお菓子なら一個買うよ。臨時出費ってことで俺が出す。なにか選んどきな」

『え、いいのか!?』

たかがお菓子一個のことだが、千歳の顔がパッとほころんだ。

『どれにしようかなあ、コンビニって品物たくさんあるんだろ』

「まあ適当に選んどきな、髪切ってくるね」

きっちり十分で散髪は終わり、千歳はもうお菓子選べてるかなあと思いながら、俺はコンビニに入った。

『あ、大丈夫か? かつぐか?』

「いや、まあ、なんとか普通に帰れそうだよ……お菓子決まった?」

千歳と話していたら、金谷さん(兄)と出くわして、相手になんとも言えない顔をされた。金谷さん達からは、千歳は相当に危険視されているようなので、俺たちがコンビニで買い物してる所を見るだけで、なんとも言えない気分になるのかもしれない。多少話をしたが、割と疲れていたし、あまり長話はしたくないなと思って話を切り上げようとしたら、千歳にも

『お前疲れただろ、早く帰ろう』

と言われたので、とっとと帰ることにした。

千歳は昼ご飯のデザートにコンビニで買ったお菓子を食べて、ずいぶん気に入ったようだった。

『チョコミントとかいうのは初めて食べたが、うまいな!』

「割と季節もののフレーバーだから、これから結構売り出すと思うよ」

『他にもチョコミント見つけたら、食費の余裕分で買っていいか?』

「うん」

『楽しみだ!』

はしゃぐ千歳を見て、この間の誕生日に、お菓子を買っていいと言っておいてよかったなと思った。

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