だいたい何でもつきあいたい
〈今月も頼めるのは5記事?〉
「それでお願いします」
今日は萌木さんとリモート会議している。やり取りすることは、メールやSlackですむと言えばすむのだが、在宅仕事だと人の顔を見て会話するということが本当にないし、萌木さんはある程度こちらの事情を知っている上で仕事に配慮してくれるありがたい取引先なので、顔を合わせての話はちょくちょくしている。
〈いつも言うけど、10記事やってくれたら、うちでのランク上げられて単価も上げられるのに。和泉さんが継続で長くやってる取り引き先って、うちだけでしょ?〉
「まあそうなんですが……体力的に、仕事量はまだ冒険できなくて」
低気圧で寝込むし、少し外を長く歩くと後で寝込むし、仕事に根を詰めすぎるとやっぱり後で寝込む。イカれた自律神経はそうそう治るものじゃない。
萌木さんは心配そうな顔になった。
〈大丈夫なの? あの怖い当たり屋に金せっつかれてるんじゃないの?〉
「せっつかれてはいますが、真にせっつかれてるのは金じゃないんで……」
〈そうなの?〉
流石に、子孫づくりをせっつかれてるとは言いづらい。俺が体力的にも経済的にも弱すぎるので、やむなしに身の回りの世話をやってもらっているというだけだし。
〈あ、今日はあの当たり屋いないよね?〉
「ああ、今買い物行ってます」
〈……どういうこと? なんで和泉さんのほうがパシらせてんの?〉
困惑した返事をされた。
「いや、別にパシりとかそういうわけでは……成り行きというか、なんというか」
説明が難しい。
「まあ、私の体力面以外は、今のところ特に問題ありません。体力面が致命的って言われたら、何も否定できませんが」
〈そう……。まあ、ちゃんと寝てちゃんと食べて、うちの仕事もっとできるようになってよ〉
萌木さんには、ずいぶん目をかけてもらっている。自由業にとっては、まともな仕事を振ってくれる取引先は神様のような存在だ。
俺は頭を下げた。
「いつもそう言っていただけて、本当にありがたいんです。ただ、それなりに寝てるし、まともなものも食べてるんですよね、でもなかなか体力つかなくて」
〈ベーシックパンよく飽きないね、勧めたの俺だけど〉
「あ、この所普通の食事です、作ってくれるあてが出来て」
〈え? 彼女でもできたの?〉
「彼女……」
俺は言い淀んだ。確かに今の言い方だと、料理してくれる彼女でもできたかのような感じだ。だが、実態としてはまるで異なる。どう説明していいかわからないが。俺は困りながら言った。
「いや、彼女とかではないですね……そもそも、性別という概念があるかどうかすらわからない相手というか……」
〈どういうことなの?〉
萌木さんをさらに困惑させてしまった。俺はなんとかごまかした。
「いや、まあ、とりあえず健康に配慮した食事はできてるんで、そこは大丈夫です。体力になかなか結びつきませんけど」
〈体力なあ。食べると寝るができてるなら、あとは運動だよな、体力作りといえば〉
「運動ですか」
少し長く歩くと寝込むんだけど。
「体力をつける体力がないレベルなんで……何をすればいいか困りますね」
〈でも、俺らみたいな在宅デスクワーカーは、体のメンテとして意識して多少運動しなきゃいかんぞ〉
「萌木さんは、何かやってらっしゃるんですか?」
〈朝晩ウォーキング一万歩〉
俺が同じことをやると、朝の時点でバテて寝込むし、下手すると出先でへたり込んで動けなくなる可能性がある。
「……健康的だと思いますが、今の私にはとても真似できません……」
〈いや、でも、通勤がないんだから、俺らみたいなのはこれくらいやっとかないとまずいんだよ。体動かさないと、肩こりと腰痛で体いわすし〉
……肩と腰と背中と首がバキバキで、頭痛まであって、萌木さんの言う当たり屋に定期的に揉んでもらってもつらい俺である。ヤバいかもしれない。
「やっぱり体動かさないと、その辺よくならないですかねえ」
〈まあ、筋肉は動かさないと衰えるし固くなるし、動かして温めて血行よくするだけで相当違うよ〉
説得力がある。俺はかなり悩んだが、肩背中腰ついでに首がガチガチでつらいのは確かなので、こう返事した。
「……ウォーキング一万歩は無理ですが、何かしら、できる範囲での運動探してみます……」
「……という話をしたんだよ」
買い物から帰ってきた怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)に萌木さんとの会話を話した。
『ふーん、歩くといいのか? 散歩行くか?』
「うーん、あんまり気が進まない……。平日に普段着でうろついてるアラサー男って、不審者以外の何物でもないから周りの視線が痛いし、歩いていった先でへたばる可能性も否定できないしさ。でも毎回千歳に付き添ってもらうのも悪いし」
『別に、全然かまわないぞ』
「そう? でも、安定して長く歩けるくらいの体力がつくまで、家でできる軽い運動したいかな……体力をつける体力がないレベルだから」
『家でできる軽い運動か』
千歳は首をひねった。俺はぼやいた。
「YouTubeあさっても、俺にはきつい運動ばっかりなんだよな。ほとんど触れたことない分野だから、探し方がそもそもわかんないんだけど」
『ワシもよくわからん。運動……簡単な運動なあ……』
千歳は、腕を曲げたり伸ばしたり、なんとなく体を動かしていたが、何か思いついた顔をした。
『ラジオ体操って、運動に入るか?』
「ラジオ体操?」
『腕を回す運動とか、胸を開く運動とか言うだろ』
俺は考えた。確かに、そんな文句とともに小学生の夏休みに体を動かした記憶がある。
「ラジオ体操か……まあ、ラジオ体操なら軽いし、すぐ終わるし、道具もいらないな……」
『じゃあやるぞ!』
「ちょっと待って、やり方意外と覚えてないから、やり方調べてから。探せば動画あると思うけど」
探すと、YouTubeに動画があった。再生して、真似してやってみる。千歳もつきあってやってくれた(部屋がせまいので幼児のすがた)。
第二体操まで続けてやってみて、俺はなんとも言えない気分だった。
『どうだ?』
「……信じられないくらい体がゴキゴキ言った……俺こんなに体ダメだったんだ……」
あと、ラジオ体操第一の最後の連続ジャンプの時点で息が上がった。
「めっちゃ疲れた……」
『ラジオ体操でか!?』
「休む……」
『お前、体力なさすぎじゃないか?』
まったくもって反論できない。悲しい。
しばらく、第一体操だけを朝晩やることにした。千歳もなぜか朝晩つきあって一緒にやっている。毎回体がすごい音を立てるのだが、続けていればマシになるだろう……多分。
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