魔法の使えない殺し屋と天才少女の学校編入日記

ルテン

第1話 面白い提案

 「今回の報酬だ、受け取ってくれ」


 そう言って三十代ほどの男が、札束を丁寧にテーブルへと滑らせた。

 そして、目の前の殺し屋はソファに座りながらその札束を数える。一枚一枚では無い、束の数を。


 「おい俺は確か、魔術師を二人殺したと伝えた筈だぞ。札束が二つ程足りねぇんじゃねぇか?」

 「ああ……それに関しては後払いにしてくれないか。こちらも後始末が大変でね、もしよかったらお金じゃなくて武器とか宿とか、そちらを用意してもいいのだが」


 殺し屋は少し考える。

 ソファに深く腰掛け、完全に王様状態だ。足を組み、欠伸をする。

 すると、近くの女性が殺し屋を睨みつけ、テーブルを勢いよく叩く。


 「アンタ!こんなに大金を貰って、こっちは後始末が大変!要求するんならね、もう少しマシな殺し方しなさいよ!そもそも魔術師を殺した証拠なんて無いじゃない!」

 「フェーン、やめなさい」

 「ボス!でも……」


 どうやらフェーンと呼ばれた女性は、殺し屋に不満が溜まっている様だ。

 殺し屋は上体を前へと傾けると、自分の指を絡めて意地悪な顔をした。


 「なら、次からテメェの書斎に首を置いといてやるよ。それなら掃除もちっとは楽になるだろ?」

 「〜〜っ!ガキの癖にっ、全然可愛くないわね!」

 「お前にとってガキってどんなイメージだよ……」

 「ふんっ!それに比べてリーリちゃんはかわいいわねぇ〜」


 そう言って殺し屋の背後、鉄の塊を布で拭きあげている少女にフェーンは微笑みかけた。

 赤く綺麗に伸びた髪。紫紺の瞳が愛らしい十歳ほどの少女。まるでおとぎ話に出てくる女の子の様だ。

 しかし、殺し屋は首を横に振る。


 「おいおい、アレがかわいいってマジか?お前、もう老眼なのか……なんか悪かったな」

 「おいおいおい、お前みたいなガキに同情されたら本気でおしまいだから。アンタこそ、リーリちゃんの可愛さが分からないなんて、可哀想ね」


 殺し屋はリーリを見る。

 たしかに、見てくれはいい。将来は美人になる事だろう。殺し屋は素直に思った。

 だが、どうしてもそれを否定する要素がある。それは……


 「あ、ニーニ見て見て!ニーニの銃磨いておいたよ!」


 殺し屋の視線に気づき、嬉しそうに銃を持ってくるいたいけな少女。

 殺し屋は苦い顔で言い放つ。


 「だから、『ニーニ』って呼び方やめろ」

 「ニーニ?ああ、アンタの名前がニファ、だからニーニって訳ね。なんだかお兄ちゃんみたいね、私も呼んでやろうかしら?」

 「知ってるか?年寄りはそうやってすぐ若い奴の真似をしようとするんだぜ」

 「フェーン、おばさん?」


 リーリはフェーンを見つめ、言い放つ。

 ニファの吹き込みを間に受けるリーリに、フェーンは声を荒げた。


 「んなろクソガキ、私はまだ二十四だよ!今が一番モテ期なんだよ!」

 「そうやって傲ってると、リーリの方が先に結婚したりするんだよな」

 「うん!リーリはニーニと結婚するの!」

 「いや、しねぇよ」

 「イチャイチャすんな!胸焼けするわ!」


 悔しそうな表情のフェーンは地団駄を踏む。そのままリーリを抱き締めると、優しく頭を撫でた。


 「はぁ〜リーリちゃんはかわいいわねぇ……うちの組織男ばっかりだから癒されるぅ」


 またしても出るかわいいと言う言葉に、苦い顔をする殺し屋。

 すると、一匹の虫がリーリの目の前を通った。


 「んっ」


 リーリは可愛い顔を眉ひとつ動かさず、咄嗟に完璧な構えで銃を出した。フェーンが抱きついたまま。

 八発装填のリボルバー、それを高速で撃ち尽くす。


 ——バンバンバンバンッ!!!


 銃口から出る火に轟音。その銃は完璧なリズムで次から次へと回転する。そして一瞬の静寂。銃口から出る煙。

 フェーンは唖然としながら、壁に空いた穴を見る。


 ——キンッ、カラカラ……ガチャ!


 リーリは完璧な指さばきで高速リロードする。

 すると我に返ったフェーンが焦ってリーリを止めようした。


 「ちょちょちょ……!リーリちゃん!?そんなに撃っても当たんないからっ!お願いだから銃を撃たないでぇぇぇ!!!」

 「最初の一発で仕留めてるぞ、リーリ」


 刹那、気づけばリーリの目の前に移動していたニファ。それと同時に、リボルバーがバラバラになった。それも、分解という形で。

 どうやらニファには見えていたらしい、一撃で虫を仕留めた一瞬の弾道を。

 何が起こったのか理解できない。そう思ったフェーンとは対照的に、リーリは頬を紅潮させニファに抱きついた。


 「えへへ、どうだった?」

 「目が良いのに仕留めた確認をしてない。もう少し考える事が必要だな。だが……」


 ニファは頭を掻きながら言葉を選ぶ。

 こういう時、妹がいたら何て言うのだろう。だが、常識として壁に穴を開けた。そうなったらちゃんと言わない事がある。

 ニファはリーリを見下ろし、言い放った。


 「いい殺意射撃だった」

 「うん……!」

 「いやいや、違うからっ!壁に穴開けてごめんなさいだからね!?」


 フェーンは思わずツッコむ。


 「だがこれで分かったろ」

 「……何がよ」

 「俺はコイツをかわいいと……ましてや妹とも、恋人とも思ってない」

 「ガーン……!」


 リーリはショックそうな反応をする。


 「でも……」


 ニファは鋭い微笑みで、フェーンを見た。


 「こいつはまぁ……自慢の相棒パートナーだ。ああ、可愛いんじゃねぇ、安心できる奴だよ」


 僅か十歳程度の少女に背中を預ける一人の殺し屋。常に命懸けの仕事。

 この二人の歪ながらたしかに存在するその関係に、ボスはフフッと笑い言った。


 「そういえばうちの組織のコネで、面白い話があるんだが」

 「んあ?儲け話か」

 「いや、どちらかと言うと企業体験に近いかな」


 意味がわからないという顔をするニファに、ボスは丁寧に説明を始めた。


 「我々の組織は、君を雇っているだけだが……どうにもこの話はうちに適任者が居なくてね」

 「俺たちにしかできない事なのか?」

 「やる義務は無いが……色々学べると思うよ」

 「学べる?一体何の任務なんだ?」


 一番重要な質問に、ボスは口元に笑みを作り、満を持して言った。


 「学校に行ってみないか」

 「もろ学び屋じゃねぇか!!!」


 ニファのツッコミにフェーンも首を縦の振り同意する。どうやらフェーンも今初めて聞いたようだ。

 だがボスは、ニファをソファに座るようなだめて、話の続きをした。


 「まぁ、実力主義の学校だ。君たちのような手練れなら成績も大して心配ないだろう。まだ若いし、勉学の方もね」

 「……実力主義ったって、そいつら人を殺した事あんのか?俺からしたらぬるいね、そんな所」

 「いや、逆だ」


 ボスの目が真剣になる。声音も少し重くなり、空気が変わった。

 そんな状態でボスは、近くにある家族写真を眺めた。ボスを含めた三人の写真。

 ニファは興味がなかったが、何となく家族なんだろうと思っていた。


 「私の父としての気持ちだ。君たちのような歳の子が殺し屋をやり、何の因果か私がそれを雇っている。できれば殺す事の意味、生きているという意味を知ってほしい」


 静かに、そう言った。

 だが、ニファは本当に興味がなさそうだった。重い空気をものともせず、また鋭い目つきでボスを見つめ返す。


 「余計なお世話だ。ハナから俺たちは死ぬ覚悟で仕事をやってる。どうせアンタのことだ、俺たちの過去も知ってるんだろ?なら尚更、答えはNOだ」

 「……」


 ボスは黙ったまま動かない。


 「その沈黙は知ってるって事でいいな。ボスも人が悪いな、父親気取りが子供を雇って人殺しとは……矛盾だらけだ。アンタにはガッカリしたよ」

 「そう……かもしれないな。の父と何ら変わりないのかもしれない」

 「ああ、所詮父親っていうのは、死にに行かせるのを止めれやしない。なぁアンタ、今までそうやって何人死なせてきた?」


 ニファは立ち上がる。


 「いや、言い方を変えよう。何人殺し……」

 「アンタ、調子に乗ってんじゃないよ!!!ボスだってね!!!」

 「オイ……」


 ——ゾワッ


 フェーンの身体が硬直する。

 何をされた訳じゃない。逆に、フェーン自身が身を守っているのだ。これ以上は……


 「俺らを知った気になるなよ……『殺す』ぞ」


 ——バァン!


 ニファは拳で前の机を叩き割った。

 木の破片が部屋に飛び散り、それを動じることなく破片をボスは頬に受けた。

 遅れて赤い血が流れる。


 だがそれよりも今皆は目の当たりにしている。純然たる、本物の殺意を。

 同じ人であるはず。だが、人から出る殺意がここまでのものとは、誰も思わなかった。

 一体何が彼をそうさせたのか。フェーンは汗を伝わせながら思う。


 「この話は無しだ。おい、リーリ帰るぞ」

 「行きたい!!!」

 「………は?」


 場の空気がまた硬直する。

 だが次は別の意味で……。だがリーリだけは目を輝かせ、ニファを見つめ続ける。


 「リーリ、青春したい!勉強、友達、学食……!」

 「お、おい。リーリ?」


 思わぬ興奮ぶりに、ニファは困惑するしかなかった。

 だがそれはボスとフェーンもだった。ニファの殺意の後に、誰がこんな回答を予想しただろうか。


 「おいリーリ。学校なんて殺しができない甘い連中の集まりだ。そんな所にいたら腕が鈍っちまうぞ」


 そう言ってリーリを必死にさとす。

 だがリーリは諦めず、ニファに言い放った。


 「学校行かないなら、武器渡さない!」

 「いや……それは困る……」


 ニファはまた頭を掻き、困った顔で考えた。だがその様子に噴き出したのはボスだった。


 「ハッハッハ!まさか、ニファ君がリーリちゃんに負かされるとはね。まぁなんだ、一年でもいいんだ、学費は全てこちらで出すので、どうだろうか」


 ニファは痛そうに頭をおさえる。

 もう一度、リーリの顔を見るが、表情は変わらない。


 ニファは刹那昔の記憶が蘇った。

 リーリと出会った時の、新しいようで古い記憶。


 (そうかコイツ……学校に)


 その瞬間、ニファは何かを思い出し、倒れ込みようにソファへ座った。

 そして、首を縦に振り


 「はぁ……俺の負けだ、よろしく頼んだ……」

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