第41話 故郷はエーテルの彼方へ ③

 結局、前クルーの行動についてはこのまま伏せておく事となった。ヒデにも話しておいたのだが、彼自身はさして興味がなかったようで「任せる」とだけ言っていた。

 更に数日が経過して。

 

「暇だからあたしもついていくね」

「なんでや」

 

 作戦決行も間近なある日、リオが各部署の進捗を直接見に行くことになり朝早くに出ようとしたら、ロビンソンに呼び止められてついてくるなどと言われてしまった。

 今回は機密エリアに行くわけではないので別に構わないが、なんだかあちこち勝手に歩き回りそうで何か嫌だなと思いはしても、どうせ勝手についてくるので自分で最初から管理した方がいい。


「大人しくしてろよ」

「だーいじょうぶだってー、そんなにあたしって子供っぽくみえる?」

「みえる」

 

 正直、地球だと小学生と間違われてもおかしくはない。

 

「一応あたしってリオと同い年ぐらいなんだけど」

「みえねぇ〜」 

「おい!」

 

 と軽口を叩きながらエンシワ連盟軍の敷地内へと入る。今日はこの軍を視察して現状をしっかり把握する事が目的となる。

 入館証は既に持っているのでそのままゲートはすんなり通れた。

 

「じゃあとりあえず軍のお偉いさん達に挨拶してくるから、ロビンソンはここで待ってろよ」

「はーい」

「三十分くらいで戻るからな」

 

 本部で受付を済ませてリオは建物の奥へと向かう。

 

「さてさて、まずはどこから行こうかな」

 

 本日のロビンソンはいつも以上に好奇心が強く、まさに好奇心の塊と言っても過言では無い。そんな彼女が大人しく三十分も待つ等ありえるだろうか。

 

「よぉーし! まずはあっちだ!」

 

 結論、ありえない。

 ロビンソンは気の向くままに連盟軍の敷地内を走り出した。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「やっぱり勝手にどっか行く」

 

 ロビンソンが駆けていく様を、上昇するエレベーターの窓からリオは見下ろしていた。こうなるだろうとはなんとなく予想していたので特に驚きはない。

 

「ま、じゃああいつに視察を代わりにやってもらうとするか」

 

 視察というのは建前で、早々に終わらせて別の事に着手するつもりだった。

 そのための準備は前日に全て終わらせてきた、あとは決行するのみ。更にロビンソンが視察を代行してくれるのであればそれをするための時間が増える、いい事ばかりだ。

 とりあえず「あとは任せた」という文面だけ送っておいた。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「ここは工場?」

 

 最初に訪れた場所は基地内でも特に広い面積を有してる工業部門だった。リオから渡された「視察のしおり」によると、ここは武器や戦艦の部品等を製造するための工場地帯だという、軍の装備品の四割はここで作られている。

 受付で視察の旨を伝え、ガイドの指示に従って中へ入る。ガイドにはなんとヒデが選ばれた。

 

「おう、ここが製造スペースだ」

「おおー!」

 

 あらゆる機械があらゆる機械を製造している。語彙力を疑う表現しかでてこなかったが、ロビンソンの目には機械しか映らない程機械だらけだった。

 クレーンでパーツを運んだり、ベルトコンベアでパーツを移動させたり、ドリルで穴を空けたりと、おおよそ従来の方法で大量生産されていたのだ。

 

「へぇー、魔法は使わないんだ」

「一時期は魔法を使ったやり方も考案されたらしいがな、魔法は発動する度にエーテルを吸収しなければならないうえに連続使用ができないから効率が悪いのだとよ。

 機械だったら最初にエーテルを取り込めばあとはずっと動き続けるからこちらが採用されたとかなんとか」

「ふ〜ん、今は何を作ってるの?」

「今は俺達が持ってきたドロイドだ」

「あれかぁ」

「ドロイドで人手不足を補うつもりらしいぜ、もっともキュービックの精度が高すぎて再現できねぇから、単純な動きしかできねぇ粗悪品しか作れないが」

「一度キュービックに行ってみたくなっちゃった」

「ワシもあそこへ修行しに行くかなぁ」

 

 工場の見学……もとい視察は程々にしてロビンソンは次の区画へと移動を開始した。

 次に訪れたのは医療部門、ドクターが勤めている所だ。

 

「あれ? 視察ってリオさんが来るんじゃ?」

「代行のロビンソンだよ、ひょっとしてリオが来ると思ってたからそんなにオシャレしてるの?」

「ゲホッゲホッ、し、してません!」

 

 とはいうものの、今のドクターは化粧をほんのりとしており、普段はつけていない髪留めもしている。白衣も新しいものになっている。

 

「これはその、男が来るならバッチリキメなさいと同僚の女の子達が……無理矢理」

 

 ふと横をみると三人くらいの女性が遠くからこちらを見て肩を竦めていた。

 

「リオじゃなくてごめんねぇ〜」

「だから違いますって!!」

 

 医療部門は今の所急患がいないので、各種族に対応した医療方法の講習と医薬品等の補充をしているとの事だった。

 正直細かく説明されてもロビンソンにはちんぷんかんぷんだったので早々に退出して次へ向かった。

 

「ここは兵士の訓練施設です」

 

 サマンタランが簡潔に説明した。


「なんでラボラトリーのサマンタランが訓練施設にいるの?」

「よくぞ聞いてくれました! これについては語るも涙、話すも涙でして」

「聞く方は涙しないんだ」

「暇つぶしにブラブラしてたら視察係の案内人を任されちゃいました」

 

 くっそどうでもいい。

 

「今はちょうど志願兵の訓練ですね」

「どんな訓練なの?」

「主に戦艦での働き方です、今作戦において艦隊戦が一番苦しいものになりますからねぇ」

「どれくらい志願兵て集まったの?」

「現時点で一般と連盟軍合わせて約二十万人です」

「おおー! たくさん集まったねぇ!」

「対して使える戦艦は一〇三〇隻、あのクイーン相手には些か心許ない」

 

 それに今作戦は艦隊戦だけではないので尚更少なく感じるのだろう。

 いずれにしてももう後戻りする段階ではない。

 一通りの施設を見て回る頃には既にお昼を過ぎておりお腹が空いてきた。休憩を兼ねて軍の食堂へ向かうと、リオが既に昼飯を食べていた。

 

「よおロビンソンお疲れ〜」

「先に食べてるなんてズルーい」

「いいだろ別に、そんな事より食えよ、ここの飯めっちゃ美味いぞ」


 そういえば軍の食堂はエンシワ星系全体でみても高い水準の料理がでてくると聞いた事がある。なるほどそれは楽しみだ。

 

「リオは今日何してたの?」

「この作戦が終わった後の事を話し合ってた」

「終わった後?」

「俺は死ぬ気で戦うけど、死ぬつもりは無いからな。もし生き延びられたら報酬を貰おうと思って交渉してたんだ」

「ちゃっかりしてるなあ。それで、成功したの?」

「おう! 終わったらベクターの残党を倒すために部隊をアルファースに寄越してくれるってさ。それに」

「それに?」

「聞いて驚くなよ、生き延びられたら戦艦を一隻貰う約束をとりつけた」

「おお!!」

「だから俺は生き延びて戦艦を貰う! そして旅をする! そのために必要なクルーを今交渉中でな」

「へえ〜、誰々? あ、あたしも参加するからね」

「よーし操舵手確保、交渉してるのはここのコックさんだ」

「え、なんでコックさんを真っ先に雇うの?」

「ばっっっかおめぇ!! 食事問題の解決は真っ先にすべきなんだぞ!!」

 

 旅を始めたばかりの頃を思い出したリオの目に一筋の涙が浮かんだ。

 あの頃は、大変だった。

 

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